小さな町工場を経営している知人が自慢げに語る。見せてくれたのは、最新鋭の旅客機の主要部品の一つで、開発には長い時間がかかったという。旅客機に使われる部品は何百万点にもなるが、その一つ一つが長い時間をかけて開発されたもの。こうした細かな研究開発の集積によって、巨大な旅客機が形作られている。
経済を国民という乗客を乗せた巨大な旅客機と考えよう。国民は機内で様々な経済活動を展開している。その結果が「高度」に相当するGDP(国内総生産)となり、これが順調に上昇すれば好景気、下がり続ければ不景気となる。
経済という旅客機を全体的にとらえるのが、巨視的(macro)という意味を持つ「マクロ経済」だ。GDPや物価、失業率などの経済指標を通して、経済という旅客機の全体的な状況を把握するのだ。
「マクロ経済」に対して、個々の部品に焦点を当てるのが微視的(micro)という意味を持つ「ミクロ経済」だ。
経済という旅客機は、個人や企業などの膨大な数の「部品」で構成されている。人々は労働力を提供するなどの生産活動を行い、その対価として得た所得で消費活動を行う。企業は様々な製品を生産・供給し、従業員に給与を払い、利益を株主に分配している。政府もまた、国民から集めた税金を使って経済活動を展開している。
旅客機の部品同様に、個人や企業はバラバラに見えるが、これらが集計されてGDPとなり、その増減が好景気・不景気といった経済(旅客機)全体の動きを生じさせている。
個人の消費行動や個々の企業の生産活動などのミクロ経済を分析し、その問題の解決を図るのが「ミクロ経済学」だ。消費低迷の理由はどこにあるのか、企業の価格戦略はどうあるべきなのか…。旅客機の全体的な飛行状況ではなく、個人や企業という一つ一つの部品について動作を確認し、品質の向上を図るのが、ミクロ経済学の目的となる。
ミクロ経済学で最も重要になるのが、「市場原理」の分析だ。経済には需要と供給があり、市場における価格変動を通じて調整が行われている。需要が高まったり供給が減ったりすれば価格は上昇、反対に需要減や供給増は価格を下落させる。個人も企業も、すべて市場原理に基づいて行動しているため、これを正確に把握できれば、ミクロ経済の効率アップが期待できる。そして、部品の機能が高まれば、経済という旅客機の飛行状況も改善されることになる。
しかし、ミクロ経済では望ましい行動が、経済全体、つまりマクロ経済を悪化させる場合もある。個人が景気の先行きに不安感を持ち、消費を控えたとしよう。消費者としては正しい行動だが、すべての人々がこれを実行すると、消費が激減して、景気が悪化する恐れが高まる。企業の人員削減も同じこと。経営が悪化した企業にとって、人員削減は正しい選択だ。
しかし、こうした動きが拡大すると、失業者が増えて消費が減少し、売り上げ減で企業の業績がさらに悪化するという悪循環に陥りかねない。
ミクロ経済では正しい行動だが、これを合わせていくとマクロ経済を悪化させる。こうした現象は「合成の誤謬(ごびゅう)」と呼ばれている。旅客機の部品一つ一つが正しく作動した結果、旅客機が墜落の危機に追い込まれるというわけだ。
旅客機の安定した飛行には、個々の部品レベルでの整備が重要だ。同様に、経済を担う人々や企業の行動に焦点を当てるミクロ経済は、経済という旅客機の順調な飛行を実現する上で極めて重要な視点なのである。