知人が抱えてしまったマンションの売却損、これが「埋没費用」だ。埋没費用は投資や新規事業などを行った際、その後に撤退や縮小を行っても回収しきれない費用のこと。
自動車メーカーが新型車を投入する場合で考えてみよう。設計や新しい製造ラインの建設などに要する投資額は100億円で、これ以上の利益が上げられると判断して新型車が投入される。しかし、売り上げが期待外れに終わる可能性もあり、この場合に生産を中止すると、投資した100億円は回収不能、つまり「無駄金」となる。生産中止という「後戻り」によって生じるのが埋没費用であり、投入した資金は、水中深くに沈んでしまうものだ。
埋没費用を回収する方法がないわけではない。新型車の売れ行き不振の原因がデザインにあり、10億円を追加投資して改良すれば、売り上げを回復させることが出来るかもしれない。しかし、これでも売り上げが増えない場合、埋没費用は追加分を含めて110億円に拡大する。売れない新型車を何とか生産し続けようとする結果、埋没費用が膨らんでしまいかねないことになる。
しかし、埋没費用は企業を経営して行く上で必ず付いて回る。新型車の投入といった経営戦略の変更から、新規事業分野への参入、さらには会社を創業する際にも、埋没費用が発生する可能性がある。株式投資で購入後に株価が下がってしまった場合、その損失が埋没費用となる。重要なのは埋没費用の上に、しっかりとした事業を作り上げること。そして、埋没費用がある一定の水準を超えた場合、事業の継続を断念、潔く「後戻り」して、埋没費用を最小限に抑える決断力が求められる。
これに失敗した典型例が、超音速旅客機「コンコルド」。巨額の費用を投じてコンコルドを完成させたものの、騒音と燃費の悪さから世界中の航空会社に敬遠され、ほとんど売れなかった。それでも、開発したイギリスとフランスの政府は国家的な体面を保つために生産を続行、埋没費用を一層拡大させてしまう。この失敗事例は「コンコルドの失敗(コンコルド効果)」として、埋没費用の別名にもなっているのだ。
埋没費用のコントロールは容易ではない。したがって、埋没費用が巨額になる分野には、手を出しにくいことになる。鉄道や製鉄業、造船業など、最初の投資金額が大きく、他に転用が難しい分野では新規参入が難しく、既存企業による独占が起こりがちとなる。一方、優秀な人材と最低限の設備があれば始められるIT関連事業などは、埋没費用が小さくて済む。失敗しても損失が小さいことから、新規参入者が多く、競争も激しくなるというわけだ。
「思い切って売ったほうがいい」。マンションの売却損に悩む知人に、私はアドバイスした。現状を放置すれば、埋没費用が増加し、知人の家庭まで埋没しかねないからだ。埋没費用をしっかり認識し、潔く「後戻り」すること。これが事業や投資でおぼれない秘訣なのである。