政府と日本銀行(日銀)が、じっと見つめているデータがある。総務省が発表する消費者物価指数だ。毎月26日を含む週の金曜日に、前月の数字が発表されるが、いち早く物価の動きを知るために、東京都区部に限っては、当月のデータが速報として発表されている。
日本経済を巨大な旅客機と考えると、消費者物価指数は、機内の「温度計」に相当する。物価という温度が上がりすぎるとインフレ、下がり過ぎて「零下」になるとデフレとなる。
旅客機の乗客である国民が快適に暮らすためには、機内が適温に保たれることが必須の条件だが、日本経済は長らくデフレの状態にあり、消費者物価指数は「零下」を示し続けている。これが、コックピットの機長席に座る政府と、副操縦士席の日銀を悩ませ続けているのだ。
消費者物価指数は、一般の消費者が購入する商品や、利用するサービスの価格を調査・集計することから始まる。
調査の基準は5年ごとに改定されるが、現行の2005年の基準は、家賃なども含めた584種類の価格を、全国167の市町村で調査。調査対象の店舗は約3万店、データの数は約23万(家賃については2万3000世帯)という大規模な調査だ。
こうして集められたデータを集計し、基準年を100として指数化、その後の変化を%で示している。2007年6月で見てみると、「指数は100.1、前年同月比で0.1%の下落」となるわけだ。
消費者物価指数には、すべての項目を網羅した「総合指数」の他に、「生鮮食品を除く総合指数」、さらには、「食料(酒類を除く)及びエネルギーを除く総合指数」の3種類が発表される。
生鮮食品は天候に左右されやすく、また、エネルギー関連の価格は変動が大きいことから、これらを除いた方が、長期的な物価の動きを把握しやすいという考え方があるためだ。こうしたことから、ニュースなどでは、特に断りがない限り、「生鮮食品を除く総合指数」を消費者物価指数としている。
消費者物価指数という「温度計」をチェックし、機内を適温に保つのは、副操縦士である日銀の使命だ。
日銀は消費者物価をコントロールするために、金融政策を発動するが、これは旅客機のエアコン操作に他ならない。物価が上がり、機内の温度が高くなりすぎると、エアコンの強さである金利を引き上げて、機内を冷やそうとする。反対に物価が下がると金利を下げ、エアコンを弱くするのである。
困ったのは消費者物価がマイナス、つまり「零下」になったデフレだった。日銀は消費者物価が下がる過程で、エアコンを弱めていったが、一向に温度が上がらない。ついにはエアコンを完全に切った状態、つまりゼロ金利政策に行き着いたのだが、それでも、機内の温度は上がらず、お手上げとなってしまった。実は、日銀の機能はエアコンではなく「クーラー」で、機内を冷やすことはできても、暖めることはできなかったのだ。
消費者物価指数はようやくプラスに転じる気配を見せ始め、日銀も06年7月にゼロ金利政策を解除、ほんの少しだけクーラーを入れた。しかし、まだまだ機内の温度は低く、デフレから完全に脱却したとはいえない状況だ。
「温度計」が、明確にプラスに転じるのはいつなのか?コックピットの副操縦士である日銀は、消費者物価指数という「温度計」を、かたずをのんで見守っているのである。