豪華美術書から文庫本まで50冊ほどを持ち込んだのだが、店主は中身をチェックすることなく、買い取り価格を提示してくる。定価を合計すれば10万円を超える。あまりの安さに内訳を聞くと、「ハードカバーは50円、文庫本は5円。定価も中身も無関係だね」という答えが返ってきた。
これが「バルクセール」だ。バルク(bulk)とは、貨物船に様々な荷物を一度に積み込む「バラ積み」のこと。古本のように様々な種類の商品などを一括して大量に売買する方法で、とくに不良債権を大量に処理する方法の一つだ。
不良債権とは、返済が滞っている借用証書だ。銀行などの金融機関が企業や個人に融資を行ったものの、経営の悪化などの理由で返済が困難になっているもの。そのまま持ち続けても返済される見込みがないなら、読み返すことのにない古本のように、まとめて処分してしまおうというわけだ。
不良債権のバルクセールの引き受け手となるのは、不良債権の回収を専門としている金融機関や投資ファンドだ。彼らは古本屋のように不良債権をまとめて買い取るが、その価格は極めて低い。1億円の借用証書でも、融資先に返済能力がなければただの紙切れ。こうしたことから、バルクセールでは不良債権となっている融資総額20億円の借用証書100件を、1億円で一括購入するといったことが行われる。定価10万円の古本50冊の買い取り価格が、1500円になってしまうのと同じ理屈だ。
買い取った借用証書の大半は紙くず同然だが、その中の一部でも融資を回収できれば、元を取ることが可能となる。
1500円で購入した古本50冊の中に、500円で売れる本が4冊あれば利益が出る。同様に、1億円で買い取った総額20億円の借用証書100件の中に、5000万円を回収できる借用証書が4件含まれていれば2億円の収入となり、1億円の利益を手にできるというわけだ。
一方、不良債権の売り手にとっても、バルクセールは利点がある。不良債権の買い手を一件ずつ見つけるのは大きな労力が必要であり、全く買い手が見つからないものも出てくる。これを、比較的良質な不良債権と抱き合わせで販売するバルクセールなら、スムーズに処理できることになる。文庫本1冊では値段が付かなくても、他の本とまとめれば何とか買い取ってもらえるというわけだ。
バルクセールは、不良債権のみならず、様々な商品や不動産などでも行われている。倒産したレストランの設備を二束三文で購入、食器や厨房設備など種類ごとに分類して売却したり、売れ残った分譲マンションを、一括して他の不動産業者に売却するビジネスもバルクセールだ。
「かんぽの宿」の売却もバルクセールの一例だ。日本郵政が保有する宿泊保養施設「かんぽの宿」には、利益を上げているものと、赤字を垂れ流しているものが混在している。これを別々に売却した場合、赤字の施設だけが売れ残ってしまう。このため、利益を上げている施設と合わせて、売却を進めようとしたのだった。
不良債権の処理には便利なバルクセールだが、批判も少なくない。融資を受けている側にとって、バルクセールで借用証書が転売されることは、借りている相手が突然変わること。これによって、それまでは返済を待ってくれていたのに、突然強引な取り立てが行われ、会社が潰されてしまうといったことが起こる恐れもあるのだ。
不良債権となった借用証書を、古本のようにまとめて処分する「バルクセール」。しかし、借用証書の背後には、企業や人の営みがある。古本屋に並べられた本が、新たな読者へ渡されるように、血の通った処理をすることが、バルクセールにも求められているのである。