弁護士を目指して司法試験浪人を続けている知人に、こんな申し出をする人物が現れた。アルバイトをしながらの受験勉強は非効率で模擬試験の成績も下降気味、合格は遠のく一方だ。弁護士になった時の「出世払い」に期待してお金を貸す親類や友人がいる一方で、「どうせ合格できない。受験をやめて就職し、借金返済を始めてほしい」という声も少なくない。こうした中で援助を申し出たのは中学校時代の担任の先生。教え子の窮状を見かねての申し出だったが、「絶対に返してもらえないよ」と、周囲は心配している。
この先生と同じような考え方に立っているのが「財政出動派」だ。日本の財政運営方針の一つで、積極的な財政支出による景気刺激策を実施し、政府主導で経済を活性化させようというものだ。
巨額の財政赤字を抱える日本だが、景気対策をためらえば状況はさらに悪化し、財政再建も不可能になる。そこで、財政赤字がさらに増えるのは承知の上で、公共事業などの政府支出を増やして、景気を良くしようというのだ。司法試験に合格できずに苦しんでいるなら、勉強に専念できるようにお金を援助、合格に向けて積極的に後押しをするべきだというのである。
「財政出動派」と呼ばれる財政運営方針は、結果的に「大きな政府」をもたらす。そのため、小泉純一郎政権時代には完全に否定されていた。小泉元総理は、政府が関与しすぎると経済効率が低下、一方で財政赤字が増えると考え、公共事業を減らし、郵政事業など政府の事業を民営化するなど、財政出動派とは正反対の「小さな政府」を目指したのだ。司法試験に受からないのは本人の責任、安易な援助は避け、あくまで独力で合格させるべきだというのだ
こうした方針は、小泉政権後も「上げ潮派」という名前で継続された。構造改革を進めれば景気が回復、それによって税収も増えることから、それまで増税などは待つべきだというのだ。借金返済は弁護士になってからという「出世払い」を認めるものなのだ。
しかし、小泉政権後は、こうした方針に異論が出始めた。構造改革の成果を待っていては、財政が破綻してしまう。消費税の引き上げなど、今すぐに借金返済に着手すべきだという「財政再建重視派」の声が大きくなった。
そうした中、緩やかながらも続いていた景気拡大が終わり、景気悪化が現実のものとなる。成績が落ち始めた日本経済を何とかしなければならないという危機感が、「財政出動派」の発言力を強めることになった。
こうした議論が真っ向からぶつかったのが、2008年9月の自由民主党総裁選挙だった。小泉元総理の構造改革を支持する「上げ潮派」の小池百合子候補、消費税アップも辞さないという「財政再建重視派」の与謝野馨候補に対して、勝利を収めた麻生太郎新総裁は、景気対策のための財政出動の重要性を強調、「財政出動派」の立場を強調したのであった。
過去、日本経済は何度も景気悪化に遭遇し、その都度大規模な財政支出によって持ちこたえようとしてきた。しかし、その効果については疑問の声も多い。思うように景気はよくならず、一方で財政赤字が増え続けていることが、その証しだというのだ。
教え子の窮地を救おうという恩師の援助はありがたい。しかし、どんなにお金を援助しても、本人の頑張りがなければ司法試験には合格できないのも事実だ。援助は本当に必要なのか、援助したお金は返してもらえるのか? こうした疑問が「財政出動派」に対しても寄せられているのである。