世界のどの国のホテルでも基本的に英語が通じるし、駅や空港の表示も英語表記が必ずあり、海外旅行をしても言葉に困ることはほとんどない。国際的なビジネスも英語、学術論文も英語で書くことが原則だ。海外旅行で不安になり、英語の習得に苦労する非英語圏の人に比べて、アメリカ人は最初から優位な立場にあるが、その理由は英語が事実上の「世界共通語」になっているからだ。
アメリカは、国際経済の面でも同様に有利な立場に立っている。アメリカの通貨であるドルが、「基軸通貨」になっているからだ。ドルは世界各地で流通、買い物や支払いなどで使うことができる。
貿易決済も、国際的な金融や投資もドルによる取引が基本であり、国の「外貨預金」である外貨準備も大半がドル建てとなっている。外国為替市場で「1ドル=90円」と、取引の主語がドルとなっていることからも、ドルが世界経済の共通語になっていることが分かる。
自国通貨であるドルが基軸通貨であることによって、アメリカは大きな利益を得てきた。ただの紙切れに価値を与える通貨(貨幣)の発行は、シニョリッジ(通貨発行益 seigniorage)と呼ばれる莫大な利益を生み出す。
通貨を発行する権利を持っているのは中央銀行であり、日本では日本銀行がその役割を担っている。しかし、日銀のシニョリッジが、日本円が流通している範囲に限定されるのに対して、全世界で流通しているドルの場合、そのシニョリッジは極めて大きく、これがアメリカに莫大な利益を与えているのである。
また、アメリカの場合、外国から様々な品物を輸入する場合にも、自国通貨で支払うことができる。理屈の上では、ドル紙幣を好きなだけ発行して、好きなだけ買い物ができるという「特権」を持っているのだ。
膨大な貿易赤字を出し続けているアメリカだが、これは収入以上の支出をしていることに他ならない。他の国なら、こうした状況が続くことは許されないが、ドルが基軸通貨であるアメリカは、大量のドル紙幣を発行することで、浪費を続けてきたのだ。
基軸通貨の恩恵を受けてきたアメリカだったが、今、その立場が危うくなっている。ある国の通貨が基軸通貨になるためには、その国の経済が圧倒的な力を持っていることが前提となる。紙切れに過ぎないドル紙幣に価値を与えているのは、アメリカが世界のどの国にも負けない強大な経済力を持っていたからなのである。
しかし、2008年に始まった金融危機によって、アメリカの経済的な地位は急激に低下した。これが基軸通貨としてのドルの信認を脅かし始めている。「ドルはただの紙切れになってしまうのではないのか…」といった不安が拡大、基軸通貨としてのドルの地位を危うくしているのだ。それが如実に反映されているのが、外国為替市場での急激なドル安なのである。
現在は英語が世界の共通語だが、歴史をさかのぼればギリシャ語やスペイン語などの様々な言語が、政治や経済的な力を背景に共通語となり、国力の衰えとともにその座を奪われていった。大英帝国の繁栄を背景にした経済力で「基軸通貨」の座にあったイギリスポンドから、その座を奪い取ったドル。その地位が今、自らが震源地となった金融危機によって、大きく揺らいでいるのである。