恋人同士になったことで始まる楽しい時間と、遊び相手を失った空虚な時間。これを貿易の分野に置き換えると、「貿易創出効果」と「貿易転換効果」となる。
国と国とが貿易を行う際、「自由貿易協定」(FTA ; Free Trade Agreement)を締結、関税引き下げなどの優遇措置を取り合うことで自由化の促進が図られることがある。今、それぞれに活発な貿易を展開しているA、B、Cの三つの国があり、その中のA国とB国が自由貿易協定を締結、お互いに関税をゼロにしたとしよう。
関税がゼロになったことで、A国とB国との間では輸出も輸入もしやすくなり、貿易量が拡大することが期待できる。これが貿易創出効果で、A国とB国が自由貿易協定で「恋人関係」になったことで、より密接な付き合いが始まったというわけだ。
しかし、A国とB国が自由貿易協定を締結すると、C国との貿易は縮小する可能性が高い。A国とB国との貿易の関税はゼロだが、C国との間には関税が残るため条件が不利となる。この結果、C国はビジネスチャンスをA国とB国に奪われてしまう。これが貿易転換効果であり、恋人ができたことで女友達に会ってもらえなくなった筆者のように、C国は疎外感に苦しめられることになる。
世界経済では今、「恋人作り」がブームとなっている。自由貿易協定に加えて、投資などに範囲を広げた「経済連携協定」(EPA ; Economic Partnership Agreement)を結ぶ動きも活発化、2国間ではなく、複数の国の間で協定を結ぶ「グループ交際」を形成するケースも増えている。
こうした流れに乗ることをためらってきたのが日本だ。貿易自由化を進めることで、国際競争力が低いコメなどの輸入が急増、農業を始めとした一部の国内産業が打撃を受けることを恐れてきた。
恋人ができると楽しい時間が増えるが、同時に相手の意向も尊重せざるを得なくなり、自由が奪われることもある。こうした理由から、日本は自由貿易協定の締結に慎重だったのだが、それでも大きな問題にはならなかった。機械産業などの日本製品は国際競争力が高かったため、貿易創出効果に頼る必要も、貿易転換効果に苦しむこともなかった。「友達以上・恋人未満」というあいまいな関係でも、付き合う相手に困らなかったというわけだ。
ところが近年、日本の競争力は低下、自由貿易協定を結ばずにいると貿易転換効果にさらされ、貿易が減少する危険性が高まってきた。そうした危機感の高まりが、環太平洋経済連携協定(TPP)への加盟交渉への参加につながった。
自由貿易協定を結ばずにいると、貿易創出効果が得られない上に、貿易転換効果によって既存の貿易先も失う。あいまいな態度を取り続けた結果、女友達を失った筆者と同じような思いをすることになるのか? 日本は正念場に立たされている。