経営危機に陥った企業を救う方法の一つである「資本注入」も、同じ考え方に基づいている。とりわけ、世界的な金融危機の中、多くの金融機関がこれに頼る状況となっている。
金融機関を分譲マンション、その株式を各住戸と考えよう。不良債権の増加などで経営が悪化、倒壊寸前のマンションとなった金融機関は、再建のための莫大な費用が必要となる。その再建費用を捻出する方法が「資本注入」であり、具体的には「増資」という方法で行われる。
現在10万株を発行している企業が、5万株を追加発行、1株1000円で売却すれば5000万円の資金が手に入る。これを資本金に組み入れて「増資」し、財務基盤を強化するのだ。これは、分譲マンションに新たな住戸を増築、これを販売することで費用を捻出することに他ならない。
新たに発行した株式をどうやって売却するのか。株式市場で、購入希望者を募る「公募」という方法もある。しかし、傾いているマンションを誰も買おうとしないように、経営危機にある企業の株を率先して購入してくれる投資家はなかなか集まらない。そこで、特定の投資家や企業に絞って売却条件を決める「第三者割当増資」に頼ることが多くなる。
大手証券会社のゴールドマン・サックスは、巨額の資産を保有する投資家ウォーレン・バフェット氏に50億ドル分の株式を購入してもらった。一方、モルガンスタンレーは、三菱UFJフィナンシャルグループに、増資した90億ドル分の株式を購入してもらった。
場合によっては経営が破綻して、紙くずになってしまうかもしれない株式を購入してもらう以上、その条件は買い手に有利なものとなる。ゴールドマン・サックスはバフェット氏に、10%の配当利回りを約束した。マンション購入者に、さらに「家賃」まで支払うという厚遇だ。これ以外にも、将来ゴールドマン・サックスが株式を買い戻す際には、発行額の1割増しの価格を適用するといった、様々な「特典」がバフェット氏に提供されたのだった。
しかし、金融危機が深刻さを増し、景気も悪化する中では、すべての金融機関にバフェット氏のような投資家が現れることは期待できず、民間からの資金調達は次第に困難になる。ここで登場してきたのが政府だ。金融機関の経営を立て直さないと、経済システムが崩壊する恐れがある。危機感を強めた政府は、金融機関が増資によって発行した株式を直接購入、資本力を回復させようとした。これが「公的資金による資本注入」であり、不良債権の買い取りと合わせて、金融危機脱却の切り札とされているのである。
しかし、公的資金による資本注入には大きな批判も寄せられている。危機に陥った金融機関の増資に応じることは、無関係の国民を壊れかけのマンションに強引に住まわせること、金融機関が破綻した場合、税金は崩れたマンションとともに失われてしまう。もちろん、将来経営が再建されて株価が回復した場合、政府に売却益が生まれる可能性もある。しかし、倒壊しそうなマンションを、金融機関自身が修繕するのは当然のこと、政府が援助するのは不公平という声も根強い。
一方で、金融機関側が公的資金の注入を拒む場合もある。増資による資本注入は、マンションに新しい住民が入居してくることであり、公的資金の場合には、政府が新たな住民となる。この結果、株主総会でも、その意向を取り入れざるを得なくなり、経営権が奪われる可能性も出てくる。再建資金は欲しいが、口うるさい住民が増えるのも困るというわけだ。
阪神・淡路大震災のような危機に見舞われ、倒壊寸前となった金融機関に対して、政府は公的資金による資本注入に乗り出した。しかし、再建に失敗した場合、注入した資金は失われてしまう。資本注入は、企業を再建させる重要な手段だが、公的資金の場合を含めて、注入した資金が失われるという、大きなリスクを伴うのである。