1848年のある日、とてつもない幸運がその男に訪れた。所有していたサンフランシスコの農場に大量の砂金が見つかったのだ。男の名前はジョン・サッター、ドイツ生まれの移民で、苦心の末に造った農場が、突如として「宝の山」となる。カリフォルニアのゴールドラッシュの始まりだ。
この砂金をどのように掘るべきか? サッターには二つの選択肢があった。「オープン戦略」と「クローズ戦略」だ。革新的な技術や独占的な経営資源などを獲得した場合の基本戦略で、どちらを採用するかで、ビジネスの成果が大きく左右されることになる。
あるIT企業が独創的で圧倒的な競争力を持つパソコンソフトの開発に成功したとしよう。まず考えられるのが特許を取得し、他社を排除して独占販売することだ。これがクローズ戦略で、経営資源を自社で囲い込み、利益の独占を図る。サッターの場合、農場を塀で囲って他者の侵入を許さず、独力で砂金を掘るのがクローズ戦略となる。
これに対してオープン戦略は、ソフトを一般に公開した上で、使用料の徴収や派生する周辺ビジネスで利益を得ようとするもの。クローズ戦略に比べて直接的な利益は小さくなるが、他の企業を巻き込むことで、ビジネスの裾野が広がると同時に、自社の負担やリスクの軽減というメリットがある。サッターにとってのオープン戦略は、自分の農場を開放して人々に砂金を取らせる一方で、「入場料」を徴収したり、採取した砂金に対して一定の割合のコミッションを請求したりするというもの。ブドウなどの農園に置き換えれば、自分で収穫・販売するのがクローズ戦略、入園料を徴収してお客さんに自由に収穫してもらう「観光農園」がオープン戦略と言えるだろう。
強力な経営資源を獲得した企業は、市場環境や他社の動向などを考慮しながらどちらかの戦略を選ぶ。クローズ戦略が当たり前だったのは過去のことで、ヤフーやグーグルなど、IT分野を中心にオープン戦略を採用する企業が増加し、大きな成果を上げている。トヨタ自動車が、自社の燃料電池車の特許を無償開放したのもオープン戦略の一つ。目先の利益を捨ててでも自動車業界全体として燃料電池車の開発促進を図ることで、より大きな利益を目指しているわけだ。
サッターは砂金を自分だけで採掘するクローズ戦略を採ったが、これが悲劇を生む。砂金の情報に人々が農場に不法侵入して採掘を開始、サッターは損害賠償訴訟を起こして対抗した。長期に及ぶ裁判に勝訴したサッターだが、誰も従わず、判決を不服とした人々によって家は焼かれ、息子たちは惨殺され、農場も崩壊しサッターは一文無しになる。
もしサッターがオープン戦略を採用していれば、採掘希望者からごく少額の手数料を徴収するだけで、莫大な利益が転がり込んできたはずだった。実はカリフォルニアのゴールドラッシュで一番儲けたのは、砂金を掘った人ではなく、彼らに採掘道具や生活必需品を高額で売り付けていた人々。その一人がリーランド・スタンフォードで、雑貨販売で得た利益を元に鉄道を敷設し大富豪となる。名門スタンフォード大学は、その資産を元に創設されたのだ。
強力な経営資源があっても、戦略を間違えると残念な結果になる。日本人が苦手とされるオープン戦略だが、その可能性を十分に検討して、ビジネス戦略を構築する必要があるのである。
オープン戦略/クローズ戦略
[Open Strategy : Close Strategy]