携帯電話ビジネスの先陣を切ったのはアメリカのモトローラだ。アポロ計画で採用されるなど、無線技術のトップ企業だったモトローラは、1983年に世界初の携帯電話「ダイナタック」を投入し、94年にはアメリカ市場の6割を占める巨大企業となる。携帯電話はモトローラの「専売特許」であり、膨大な利益をもたらす分野となったのだ。
専売特許といえるような製品やビジネスモデルを、経営学では「コア・コンピタンス」と呼んでいる。コンピタンスは能力や特質といった意味で、それらが会社のコア(核)となっているというわけだ。
コア・コンピタンスには3条件が求められる。「顧客に何らかの利益をもたらす自社能力」「競合相手にまねされにくい自社能力」「複数の商品や市場に推進できる自社能力」の三つだ。
コア・コンピタンスが、人や企業が強く求めるものでなければならないのは当然だ。どんなに優れた商品や技術であっても、それに対する需要がなければ意味はない。また、同業他社が簡単にまねできないものでなければならない。特許で守られていたり、まねできても、性能や価格の面で勝っていたりと、自社の優位性を保てるものがコア・コンピタンスになり得る。その上で、その商品や技術を応用することで、さらに広範囲な事業展開できることも必要条件となる。
モトローラの携帯電話事業はコア・コンピタンスの典型例だ。その技術は高度で独自性が高い上に、特許で守られているため、強い競争力を維持できた。携帯電話に対する顧客ニーズも極めて高く、そこから派生するビジネスでも優位な展開が可能だった。携帯電話事業というコア・コンピタンスを獲得したモトローラは巨額の利益を出し続け、世界がうらやむエクセレントカンパニーとなったのだ。
しかし、コア・コンピタンスを獲得したことで気を緩めると、とんでもないことになる。コア・コンピタンスが永遠にコア・コンピタンスで在り続けることはない。コア・コンピタンスだと思っていた自社の事業はいつの間にか時代遅れになり、経営の足を引っ張ることも少なくない。
モトローラもコア・コンピタンスに依存した結果、携帯電話事業の表舞台から消えることとなる。90年代半ば、携帯電話はデジタルの時代へ入り始めていたが、アナログの携帯電話をコア・コンピタンスとしていたモトローラの経営陣はこれを無視する。デジタルへの転換の必要性を指摘する声には一切耳を貸さず、アナログ携帯電話の販売拡大や研究開発に力を注ぎ続けたのだ。戦略の誤りに気付いたときは時すでに遅し、モトローラは携帯電話事業での地位を完全に失ってしまったのである。
「コア・コンピタンス依存症」と呼ばれるこうした失敗を犯す企業は少なくない。エンサイクロペディア・ブリタニカは、デジタル時代になっても、全32巻重さ70kgに及ぶ百科事典を売り続けようとした。液晶事業で大成功したシャープは、その後に採算が悪化しているにもかかわらず、過大な投資を継続した。どちらもコア・コンピタンスに依存しすぎた結果、企業そのものが存亡の危機に追いやられた。
専売特許であるコア・コンピタンスを手に入れられれば、企業経営は楽になるが、過度な依存は危険だ。コア・コンピタンスは企業にとっての「もろ刃の剣」であることを忘れてはならないのである。
コア・コンピタンス
[Core competence]