会社には仕事で使うバスがあることから、運転手とガイドさんだけを雇い、目指す温泉地に向かったのだが、運転手が居眠り運転をして事故を起こしてしまう。
幸いけが人はなかったが、会社のバスは壊れ、旅行は台無し。居眠り運転は明らかな過失であり、怒った社員たちが運転手に損害賠償を求めるのは、当然のことだ。
「株主代表訴訟」もこれと同じことと考えられる。
株式会社は、会社の所有者である株主が、社長を始めとした取締役を株主総会で選出して経営を委ねる。選ばれた取締役は、株主の利益を最大にするために働き、報酬を得ることになる。
株主をバスの乗客と考えれば、取締役は運転手となる。会社というバスをしっかり運転して株主を楽しませ、報酬を得るというわけだ。
株主代表訴訟は、取締役が株主の意向を無視して、会社に損害を与えた場合に起こされる。取締役に対しては、会社としてのルールを定めた定款の他、会社法などの様々なルールが課せられているが、取締役がこれを破って会社に損害を与えた場合、株主はその賠償を求めて裁判を起こすことが可能なのだ。取締役という運転手が居眠りをしたり、交通ルールを無視したりして、バスの乗客である株主が損害を受けた場合、その賠償を求めるというわけだ。
株主代表訴訟は、株主であれば誰でも起こすことができる。しかし、裁判に勝って賠償金を得られたとしても、株主個人に支払われるわけではない。賠償金の支払先は会社。つまり、事故にあった乗客ではなく、事故で壊れてしまったバスの修理代に回されるのだ。
株主代表訴訟の一例は、1995年に発覚した大和銀行ニューヨーク支店における巨額損失事件に伴うものだ。
大和銀行ニューヨーク支店の一人のトレーダーによって行われた不正取引で、11億ドル(当時の為替相場で960億円)の巨額損失が発生した。これに加えて、経営陣が隠蔽工作をしていたとして、アメリカの司法当局から罰金3億4000万ドル(約350億円)を課せられ、大和銀行はアメリカからの撤退を余儀なくされた。
この損失に対して、株主の一部が株主代表訴訟を起こした。訴えられた取締役は、不可抗力で責任はないと争ったが、結局11人の取締役に対して、総額830億円の支払いを命じる判決が下されたのだった。賠償は取締役の「自腹」となることから、当然払うことは出来ず、最終的には総額2億5000万円を支払うことで裁判は和解した。
この判決は日本の経済界を震撼させた。こうしたことが頻発するなら、取締役のなり手がいなくなり、企業経営の根幹が揺らいでしまうというわけだ。
こうしたことから、2002年施行の改正商法によって、犯罪行為に関与した場合を除き、代表取締役で報酬の6年分など、賠償額の上限が定められたのだった。
しかし、法律が改正されたとはいえ、取締役にとって「株主代表訴訟」の存在は極めて大きい。株主の利益を損なうような安易な経営判断は許されなくなっているのだ。
取締役というバスの運転手は、乗客から損害賠償を起こされないように、最大限の注意を払いながら、日々の経営に当たっているのである。