弟が兄にささやいている。毎年、進級を前に両親にお小遣いの値上げを求める兄弟だが、成績優秀の兄に比べて弟はいま一つ。弟は、兄と共闘することで、より大きなアップを勝ち取ろうと考えているわけだ。
「春闘」が行われるのも、これと同じ理由からだ。「春闘」は「春季生活闘争」の略語で、賃金の引き上げや労働条件の改善を求めて、企業の労働組合が経営者と行う直接交渉のこと。毎年2月ごろに始まり、3月にヤマ場を迎えるという春先に行われることから、こうした名前で呼ばれるようになった。
欧米では、全米自動車労組(UAW)のように、産業別に労働組合が組織され、経営側に対して厳しい要求を突きつける。これに対して日本では、労働組合が企業ごとに組織されているために、業績の思わしくない企業は、なかなか強い要求を出すことができないでいた。
そこで、賃上げ交渉については、産業ごとに労働組合が結集し、業績の良い企業の組合が先頭に立って交渉をするようになった。
春闘の先陣を切るのは金属労協(正式名称は全日本金属産業労働組合協議会 IMF-JC)だ。鉄鋼、造船、重機などの労組でつくる基幹労連や電機連合、自動車総連など五つの産業別労組が加盟しており、傘下の組合員数は約200万人という大きな交渉となる。
これに私鉄総連や電力総連などが続き、要求が受け入れられない場合、ストライキという強硬手段に訴えることもある。
大企業を中心とした産業別の賃上げ交渉の結果は、春闘相場と呼ばれ、これに続く中小企業の賃上げ交渉の目安となる。まず、大企業という「兄」のお小遣いアップ額が決まり、「弟」である中小企業は、これを基準に交渉をするのだ。
「春闘」が始まったのは1955年のことで、高度成長時代の大幅な賃金アップを勝ち取ったほか、70年代には公害問題や労働環境の改善など、単なる賃上げだけではない、様々な要求を行うようになった。
しかし、バブル経済の崩壊と共に状況は一変、深刻なデフレの中で賃上げ要求は影を潜めてしまう。さらに、業績の良い企業が業績の悪い企業の水準に合わせざるを得ない場面が増え、市場原理が重要視される時代の流れに逆行するという批判も高まった。こうしたことから、賃上げは個々の企業の自主的な交渉に委ねられ、共闘して賃上げを迫るという「春闘」の存在そのものが問われるようになった。
こうした中、近年では日本一の利益を上げているトヨタ自動車の賃上げ交渉が、春闘全体の相場を左右し始めている。「成績抜群の兄」に頑張ってもらい、これに続く「弟」たちもより大きなアップを勝ち取ろうというわけだ。
みんなで団結して、少しでも大きな賃上げを勝ち取りたい。その役割が変わりつつある「春闘」だが、そこに託する労働者の思いに変わりはないのである。