アメリカ人の友人が、パソコンに入力しながら文句を言っている。彼によると、キーボードの配列が、連続して使われる文字をわざわざ遠くになるように配置しているように思えてならないというのだ。
現在のキーボード配列は、最上段の文字列をとって「QWERTY配列」と呼ばれるが、これは、タイプライターに始まる長い歴史の中で、確立されていったもの。これがデファクトスタンダードだ。デファクトはラテン語の「事実上の」という意味で、政府や公的機関が決めるのではなく、自由競争を勝ち抜き、「標準」となったものを示している。
デファクトスタンダードの例としては、パソコンの基本ソフトのウィンドウズ、ビデオのVHS方式などがあるが、一度デファクトスタンダードとなると、その牙城を崩すのは容易ではない。当然、デファクトスタンダードを生み出した企業や個人には、莫大な利益が継続して入ることになり、その獲得のための競争は熾烈を極める。
しかし、デファクトスタンダードが、必ずしも「最良の標準」というわけではない。ビデオのVHS方式は、β方式との熾烈な競争を経てデファクトスタンダードになった。しかし、機能面ではβ方式が上回る部分が多く、テレビ局などが使うプロ仕様でもβ方式が採用されている。
パソコン基本ソフトのウィンドウズについても、より優れたソフトが開発されても、パソコン本体から関連ソフト、企業のシステムに至るまで、ウィンドウズをベースに設計されているだけに、ほとんど普及しないのが現実だ。
実は「QWERTY配列」も、必ずしも最適な配列ではないのだ。そもそもこの配列は、アームで文字を打つという仕組みの、タイプライターのために開発されたもの。速く打ちすぎるとアームが絡まるので、わざわざ打ちにくくしてあると言われている配列なのだ。パソコンの時代となった今は、こうした配慮は不要なのだが、より打ちやすい配列が提案されても、デファクトスタンダードとなった「QWERTY配列」の牙城をどうしても崩せず、普及しないのが現実なのである。
自由競争によって生み出されるデファクトスタンダードに対して、政府や公的機関が標準を定める「公的標準」も存在する。デジュアリスタンダード(de jure=法律上の。デジュールスタンダードとも)がそれだ。工業製品の世界標準であるISOなどがその一例だ。しかし、市場での競争を経ていないだけに、机上の空論となって、こちらも容易に普及しないのが現状だ。
今、次世代のDVDの規格を巡るデファクトスタンダード競争が始まっている。当初は業界同士が話し合い、一種のデジュアリスタンダードを作ろうとしたが結局失敗、「ブルーレイ方式」と「HD-DVD方式」が全面対決に突入した。デファクトスタンダードとなるのはどちらなのか? その行方は分からないが、競争に勝ち、デファクトスタンダードとなった方式が、消費者にとって本当に望ましいものになるという保証は、どこにもないのが現実なのである。