インセンティブは、人間のやる気を引き出す目的で、外部から与えられる「刺激」のこと。「成績に応じて報酬を支払う」、「目標を達成したら特別ボーナスを出す」といった具合に、誰もが欲しがるお金を「エサ」にして競争心を高めようとする。得られた利益を成績に応じて分配する「プロフィット・シェアリング」の他に、プロ野球選手の「ホームラン30本打ったら5000万円」の「出来高払い」、携帯電話会社が代理店に対して、「1台契約させたら5000円」といった報奨金などの現金提供の他、自社の株式を格安で購入できる権利を与える「ストックオプション」、「昇進」や「昇格」などを約束するというのもインセンティブだ。人間の前にニンジンをぶら下げることで、一生懸命仕事をしてもらおうというインセンティブは、個人のみならず、営業所や企業、さらには政府が国民全体に設定することもある。
経済効率の向上も期待できるインセンティブだが、それが奪われると大きな弊害をもたらす。「生活保護」を例に考えてみよう。生きて行くための最低限のお金を政府が支給する生活保護だが、給付条件を緩和しすぎると、一生懸命働いた人の所得水準より高くなり、「働かない方がより多くのお金がもらえる」ということになりかねない。これは、やる気を奪う「負のインセンティブ」であり、「怠け者」を増やす恐れもある。米の生産を抑えるために行われていた休耕田に対する補助金支給なども「負のインセンティブ」であり、これが日本の農業の活力を奪ったとの指摘もある。走らなくてもニンジンが食べられるなら、馬は走ろうとはしないのだ。
しかし、社会的に容認される負のインセンティブもある。環境に悪影響を与えた企業に対して罰金を科すといった政策は負のインセンティブの一種で、これによって、社会全体にマイナスになるものを抑制することが可能となる。馬が暴走したらニンジンを隠す、あるいは尻尾のほうにつるして、ストップさせようとするわけだ。
一方で、極端なインセンティブはモラルハザードを招く。世界経済を大混乱に陥れたサブプライム問題は、巨額のインセンティブに目がくらんだ金融機関とエリート金融マンが、罪のない一般の人々を巻き込んで引き起こしたもの。目の前のニンジンだけではなく、他の人のニンジンまでも食べ尽くし、勢い余って崖から転落してしまったのだ。
経済の根本原理である自由競争を高める上で、インセンティブは重要な手段のひとつだが、その設定を間違えると、大きな混乱を引き起こす。馬を上手に走らせるためには、何本のニンジンを、鼻先からどの程度離してつるせばいいのか? インセンティブの設定方法が、企業経営、さらには経済全体をも左右することになるのである。