日本企業の多くも、同じような選択を迫られている。「経営スラック」をどの程度見込んでおくかで、頭を悩ませているのだ。「スラック(slack)」は「ゆるみ」「たるみ」という意味で、従業員や設備などの経営資源の中で余剰となっているものが経営スラックと呼ばれている。
事業の効率を高めるためには、経営スラックが小さいほど良い。こうしたことから、日本企業の多くは従業員や設備を徹底的に絞り込み、在庫をほとんど持たない「ジャストインタイム」と呼ばれるシステムを採用、部品の調達先も、最もコストの安い1社に集中させるなど、経営スラックの縮小に力を注いできた。こうした経営戦略は「引き締まった」という意味の「リーン(lean)」という言葉を使った「リーン型経営」と呼ばれ、日本企業の「お家芸」となってきた。「指2本分」のゆとりは不要、ぴったりサイズのズボンを、場合によってはわざわざウエストの細いズボンを買って、これがはけるようになるまでダイエットに励む…というのが日本企業だったのだ。
しかし、経営スラックを減らす経営が裏目に出たのが東日本大震災であった。部品の調達先が被災した企業では、在庫がない上に、調達先を集中させていたために肩代わりしてくれる企業も見つからず、長期間の操業停止に追い込まれてしまった。指1本入れられないズボンをはいていた結果、少しウエストが大きくなっただけで、はけなくなってしまった。
東日本大震災を契機に、経営スラックの水準を見直す動きが出始めている。効率化一辺倒ではなく、調達先をある程度分散し、在庫にも余裕を持たせるべきだという考え。企業経営のリスクを減らすためには、ある程度の経営スラックが必要だというわけである。
また、企業の将来性を高めるためにも、経営スラックの重要性が再認識されている。企業を成長させていくためには、新製品の開発や新規分野への進出などが必要であり、これを実現するためには経営スラックが必要となる。しかし、多くの日本企業が経営スラックを縮小させすぎた結果、目先の仕事をこなすのに手一杯となり、将来の成長戦略を描く余裕が失われて競争力の低下を招いたのだ。
その時は無駄に思われる経営スラックも、将来大きな成果を生み出すことができれば、十分に元を取ることができる。ぴったりサイズのズボンをはき、「太ってはいけない…」とダイエットにばかり意識が向かっていては、独創的なアイデアは生まれてこない。
スラックの複数形は「スラックス(slacks)」「替えズボン」という意味もある。ウエストに指1本入らないジャストサイズではなく、状況に応じてはき分ける複数のズボンを用意しておくべきではないのか? 日本企業の模索が始まっている。