中学生時代に深刻ないじめを受けた内藤選手は、ボクシングをやって強くなれば、いじめられなくなるかもしれない、と考えたのだ。自らを守るために始めたボクシングによって、内藤選手は「いじめられっ子」の対極とも言える世界チャンピオンとなったのだった。
巨額の資金を動かし、攻撃的な投資手法で利益をたたき出す「ヘッジファンド」だが、その生い立ちは内藤選手と似ている。
ヘッジファンド(hedge fund)は、少数の大口投資家から資金を預かり、それを株式や債券、通貨、商品など様々なものに投資して利益を上げようとする「投資信託」の一種だ。この“hedge”という言葉は、「賭け事における両賭け」「保険」「垣根で守る」といった意味。ヘッジファンドは元来、大きなリスクをとらない、慎重な投資方法を持っていたのだ。
ヘッジファンドの創始者とされているのは、アルフレッド・ジョーンズというアメリカ人だ。彼が1949年に始めたファンドは、例えば株式に投資する場合、株価が下落した場合に備えて、他の銘柄の空売りを組み合わせていた。「空売り」とは、第三者から株式を借りて売却し、値下がりした時点で買い戻すこと。この場合、株価が上昇を続けた時には、単純に「買い」だけの投資に比べて、空売りの分だけ利益が減る。しかし、株価の下落局面では、空売りが「保険」のような効果を上げて、損失を少なくすることを可能としていた。
いじめられていた内藤選手が、ボクシングで自らを守ろうとしたように、ヘッジファンドは空売りによって、投資のリスクを軽減していたのだ。
こうしたヘッジファンドの性格を一変させたのが、世界的な投資家として知られるジョージ・ソロスだった。ソロスは自らが創設した「クォンタムファンド」で、イギリスのポンドに巨額の空売りを仕掛け、中央銀行であるイングランド銀行を打ち負かすなど、攻撃的な投資を展開する。これによって「クォンタムファンド」は天文学的な利益を上げた。損失を減らすための空売りを、利益を上げるための「武器」に転用し、大成功を収めたのだ。
ソロスの成功に刺激されて、空売りを多用し、攻撃的な性格を強くしたヘッジファンドが相次いで創設され、世界の金融市場を席巻していく。最新の金融工学に裏打ちされたデリバティブなどの「新たな武器」も導入して、その力を急速に高め、現在では資産総額が1兆ドルを超えるとも言われるまでに成長したのだ。
自らを守るために身に着けたボクシングで、いじめられっ子から世界チャンピオンとなった内藤選手。ヘッジファンドも同様に、損失を抑えるための空売りを武器に変え、攻撃的な性格に変身した。その圧倒的な資金力で、しばしば金融市場を混乱させることから、「悪役」として強い批判を浴びることも少なくない。しかし、その実力は圧倒的。ヘッジファンドは、誰もが認める金融市場の「世界チャンピオン」なのである。