知人が購入した新築マンションは、各戸に1台分ずつの駐車場が付いているが、自動車マニアで3台の自動車を保有する知人には足りないというのだ。追加の1台分は、自動車を保有していない住人から権利を購入した。しかし、もう1台分が確保できない。このままでは愛車を手放さざるを得ない状況で、「少々値段が高くてもいいから、誰か譲ってくれないかな…」とため息をついているのだ。
「排出権取引」(排出量取引)も、知人の駐車場探しと同じ仕組みだ。二酸化炭素などの温室効果ガスの抑制策の一環として導入されているもので、温室効果ガスを排出する権利を売買する。
温室効果ガスは、企業の生産活動はもちろんのこと、個人の日々の生活からも排出されている。従来は排出に制限はなく、人類は温室効果ガスを垂れ流してきた。温室効果ガスを自動車と考えると、道路や空地に勝手に駐車する「青空駐車」が認められていたのだった。
ところが、これが地球温暖化の元凶となり、人類の未来に深刻な影響を与える恐れが出てきた。そこで、1997年に採択された京都議定書では各国に温室効果ガスの「排出枠」を設定し、それを使うことのできる「排出権」が割り当てられた。これは、排出枠という「駐車場」を使用する権利を与えて、「青空駐車」を禁止することに他ならないのである。
これによって、日本を始めとする先進国は大きな困難に直面することになった。先進国はこれまで、温室効果ガスを一切考慮せずに経済規模を拡大させ、快適な生活を追求してきた。駐車場の心配をすることなく、自動車の保有台数を増やし続けてきたのだ。
ところが、京都議定書によって駐車場が定められ、「青空駐車」ができなくなった。日本の場合、割り当てられた排出枠は、基準となる1990年の排出量から6%削減したもの。これは、保有する自動車100台に対して、94台分の駐車場しか確保できないことに他ならないのである。
不足する6台分の駐車場をどうするか。そこで考え出されたのが、駐車場の権利を譲ってもらうという方法だ。温室効果ガスの排出枠は、先進国以外にも与えられていることから、排出枠に余裕がある国も少なくない。そこで、使っていない駐車場の権利を購入し、自分の自動車を駐車しようというのだ。これが温室効果ガスの排出権取引なのである。
排出権取引は国家間のみならず、国内で行われる場合もある。企業単位で排出削減目標が設定されている場合、削減が不可能になった企業が、排出枠に余裕のある企業から排出権を購入し、目標を達成しようとするのだ。
排出権を取引するためには、売り手と買い手が集まる「市場」が必要となる。イギリスでは、2002年に国内企業を対象とした排出権取引市場が誕生、日本でも08年から企業の自主参加の形で取引が始まっている。
温室効果ガスを削減する上で必要不可欠とされる排出権取引だが、対症療法にすぎない。求められているのは、企業の生産活動や、家庭の生活スタイルといった根本的な部分を変革し、温室効果ガスの排出そのものを抑制すること。
駐車場を確保できない知人が、安易に追加の駐車場を探すのではなく、「1台は手放すか、あるいは一つの駐車場に2台とめられる小型車に買い替える」というような、抜本的な削減方法を考える必要があるのだ。