職場に「お局様」のような社員がいて、気に入らない女性社員がいると、「仕事ができない」「夜遊びが激しい」といった事実無根のうわさを流して仲間外れにするなど、陰湿ないじめをするというのだ。
その標的となってしまった彼女は孤立、上司の評価も下がっているという。こうした行為が横行すれば、社員の士気が低下し、会社の業績にも悪影響を与えかねないが、「お局様」に罰を与える法律など存在しないのが実情だ。
しかし、もし「お局様」が同じような行為を株式市場などの金融市場で行ったら、逮捕される可能性がある。罪状は「風説の流布」、金融商品取引法における罪だ。
株式市場を始めとした金融市場には多くの投資家が参加し、株価などの相場は、時々刻々変化している。「業績が回復した」「画期的な新商品を開発した」といった情報が流れれば株価は上昇するが、「商品の欠陥が発覚した」などのマイナス情報が流れればその企業の株価は下落する。投資家にとって、情報は株式の売買を行う上で重要な判断材料となっているのだ。
金融市場で情報を意図的に流し、自分だけ利益を上げようとするのが「風説の流布」だ。
例えば、ある製薬会社の株式を大量に購入した上で、この会社について「インフルエンザの特効薬を開発した」とうその情報を流す。これを信じた他の投資家が一斉にその株式を購入すると、株価は急上昇する。製薬会社は「新薬開発の事実はありません」と否定することになるが、それまでに株式を高値で売却すれば利益を上げることができる。これが、風説の流布として罪に問われる行為となる。
自分だけもうかれば良いという行為が横行すれば、投資家たちの不信感が増大し、やがて市場全体の信頼度も低下する。「お局様」が流すうわさで社員の評価が決まるような会社なら、働く意欲が失せるのと同じことなのだ。
そこで、金融商品取引法によって、こうしたアンフェアな取引を禁止し、証券取引等監視委員会(SESC)などが、厳しく監視しているのである。
2006年に逮捕された旧ライブドアの堀江貴文元社長の逮捕容疑の一つが、風説の流布だ。当時の子会社の株価を維持するために、損失が発生していたにもかかわらず「黒字化する」という虚偽の事実を公表していたとして、風説の流布の容疑がかけられたのだった。
金融商品取引法では、風説の流布の他にも、市場のモラルを維持するため、禁止行為が定められている。取引するつもりのない巨額の売買注文(見せ玉)や、仲間を誘って巨額の取引を行って出来高を膨らませ、他の投資家に「何か材料があるかもしれない…」と思い込ませる「馴合売買」や「仮装売買」などは、相場操縦行為として禁止されている。
証券取引等監視委員会のホームページには、「情報受付窓口」が設けられ、不正行為の内部情報を受け付けている。その中には「インサイダー取引」などと並んで、「風説の流布」と「株価操作」もある。うその情報を流す「お局様」がいたら、通報してほしいというわけだ。
かつては口コミで広がった風説の流布だが、最近ではインターネットの掲示板やブログなどが利用されることが多くなった。また、風説の流布の基準はあいまいであり、摘発が容易ではないのも事実だ。
しかし、風説の流布を始めとしたアンフェアな取引が横行すれば、金融市場の信用力は低下し、世界中の投資家から見放されてしまう。投資家たちが安心して取引できるように、市場に害を及ぼす「お局様」を追放することが、金融市場を維持していく上で極めて重要なのである。