交通事故で大ケガをした患者に対して、病院では緊急輸血が行われる。一般に、全血液量の半分程度が失われると、失血死する可能性が高まることから、一刻の猶予も許されないのだ。
経済にも緊急輸血が必要になることがある。「信用収縮」が発生した場合だ。信用収縮は、経済全体の「信用」が失われ、株式市場の暴落など金融市場の機能が低下、貨幣の供給が急激に細ってしまうこと。経済の「血液」である貨幣が十分に供給されない「低血圧」が続けば、経済活動に大きな障害が発生することになる。
ここで登場するのが中央銀行だ。信用収縮によって血圧が急低下した場合、中央銀行は「輸血」を行う。これが「緊急資金供給」だ。中央銀行は貨幣の供給の大元。したがって、中央銀行が「緊急資金供給」を行えば、それだけ経済に出回る貨幣の量が増加する。中央銀行が、「輸血」によって経済の血圧を上げようとするのが、「緊急資金供給」なのだ。
この他、信用収縮が発生した場合には、金利の引き下げが行われる場合もある。具体的には、金融政策の目標である短期金利(日本では無担保コール翌日物、アメリカではFFレート)の誘導目標を引き下げる他、金融機関への貸出金利である公定歩合を引き下げる場合もある。金利は「貨幣の価格」であり、それを下げることで、入手しやすくしようとするわけである。
アメリカの中央銀行に相当するFRB(連邦準備制度理事会)は、2001年のアメリカの同時多発テロの直後や、巨額の資金運用を行っていたヘッジファンドのLTCMが1998年に破たんした際などに、大規模な資金供給を実施した。
日本でも、株式市場が急落した場合などに、日本銀行が緊急の資金供給を実施、経済が低血圧で倒れないように措置をとっている。
また、各国の株式市場が連鎖的に下落する世界同時株安が発生した場合などには、中央銀行同士が連絡を取り合って、同時に資金供給を実施する場合もある。
しかし、中央銀行のこうした措置は、問題の抜本的な解決をもたらすものではない。緊急資金供給は、あくまで銀行に対して行うもので、それを融資に回すかどうかは、資金を受け取ったそれぞれの銀行の判断となる。したがって、中央銀行がどんなに巨額の資金供給を行っても、経済全体の信用が回復しない限り、銀行は融資を絞り続け、経済の低血圧状態は続く。信用不安を引き起こしている根本的な問題を解決して、「出血」を止めなければ、緊急の資金供給という「輸血」も効果をもたらさないのである。
2007年の春先以降、アメリカ経済は、「サブプライムローン問題」によって大ケガを負っていることが明らかになり、大量の出血によって急激な信用収縮が発生した。FRBは大量の資金供給を実施、緊急輸血を行った他、公定歩合の引き下げなど、信用不安を緩和する対策を打ち出した。しかし、「サブプライムローン問題」という大ケガを直し、出血を止めなければ、根本的な問題解決には至らないのだ。
「緊急資金供給」という輸血はあくまで応急措置、それなしでは経済が死んでしまう恐れがあるが、それ自体が経済を救うわけでは決してないのである。