銀行の「自己資本」は、この資産家の資産に相当する。一般企業の場合、自己資本は株式を発行して集めたお金(資本金)に、利益の蓄積である利益剰余金などを加えたものとなる。しかし、銀行の場合には保有している株式の含み益の一部なども加えられることが、国際ルールで認められている。
銀行は自己資本だけではなく、お金を借りてそれをさらに融資するという「又貸し」を行っている。借りたお金は、自己資本に対して「他人資本」と呼ばれている。銀行の最大の他人資本が「預金」であり、この他に、他の金融機関からの借り入れや社債を発行して集めたお金、さらには中央銀行から借りたお金なども他人資本となる。
他人資本と自己資本の決定的な違いは、他人資本が返済しなければならないお金であるのに対して、自己資本はその名の通り自分のお金であり、返済の必要がないお金であるという点だ。
自己資本は銀行業の「元手」であり、その大きさが全体の融資額を決めて行く。また、融資が焦げ付いた場合、預金などの他人資本に手を付けるわけにはいかないので、自己資本から支払う。したがって、自己資本が少ないと、融資が大量に焦げ付いた場合に自己資本が底をつき、他人資本に手を付けざるを得なくなる。これによって、預金の払い戻しに応じられなくなる恐れが発生、銀行の信用力は失われて、破綻に追いやられることになるのだ。
こうしたことから、銀行には一定水準以上の自己資本を持つことが義務付けられている。これが「自己資本比率」であり、自己資本÷融資額(リスクアセット)×100で算出される。融資を行っている内の何%が、自己資本で賄われているかを示すもので、これが高ければ高いほど、自己資本が大きく、銀行経営が安定していることになる。
国際的な業務を営む銀行の場合、自己資本比率の下限は8%、国内業務に限っている場合には4%という「自己資本比率規制」があり、これを維持することがBIS(国際決済銀行)によって義務付けられている。
巨額の焦げ付きなどで、自己資本比率が大きく低下した場合、銀行はどうすればよいのか。新たに株式を発行する「増資」によって、資本金を増やすことができれば問題はない。しかし、増資には時間がかかる上に、大きな損失が発生している銀行の株式を、危険を承知で購入してくれる投資家が見つからない場合もある。
こうなると、銀行は自己資本比率規制をクリアするために、融資を減らすという行動に出る。自己資本という分子を大きくできないなら、融資額という分母を小さくしようというわけ。これが、「貸し渋り」、そして「貸しはがし」となって、融資先を直撃するのである。
自己資本比率が低下するのは、融資の焦げ付きだけではない。保有している株式などの資産の価格が下落した場合にも、自己資本が減少し、融資の圧縮を迫られる。
サブプライムローン問題に端を発した2008年の金融危機では、巨額の焦げ付きの発生に株価暴落が重なり、巨額の自己資本を失った銀行が続出した。公的資金注入による自己資本を増やす政策も打ち出されたが、効果はなかなか現れず、貸し渋り、貸しはがしが広がった。傷が浅いと言われていた日本の銀行も、株価の急落で自己資本比率が低下、貸し渋りの傾向を強めている。
近所の資産家は、株式投資に失敗した上に、融資の回収もままならず、結局破産してしまった。自己資本がゼロになったのだ。健全な自己資本比率を維持することは、銀行に課せられた厳しいハードルなのである。