エアコンのリモコンを見て、がくぜんとなった。正月休みを沖縄で過ごしていた時のことだ。風邪で発熱し、寒気がしたことから、エアコンで部屋を暖めようとしたのだが、出てくるのは冷たい風だけ。フロントに確認すると、沖縄は冬でも暖かいことから、部屋に設置しているのは冷房機能のみのクーラーで、暖房機能もあるエアコンではないという。結局、クーラーのスイッチを切り、ベッドの中で寒気をこらえるのが精一杯となってしまった。
「ゼロ金利政策」は、このクーラーのスイッチを切った状態と考えられる。物価を国家という大きな部屋の温度と考えると、中央銀行の役割は、物価の安定と持続的な経済成長の達成だ。これは、部屋の温度を適正に保ち、そこに暮らす国民が活発に活動できるようにすること。中央銀行はこれを実現するために、政策金利を上下させる金融政策を実施する。物価が上がり過ぎたり(インフレ)、景気が過熱したりすると、政策金利を引き上げて(金融引き締め)物価と経済活動を冷やす。反対に、物価の下落(デフレ)や景気悪化が起こった場合には、政策金利を引き下げる(金融緩和)という行動に出る。政策金利は、日本経済という大きな部屋における空調のコントローラーで、暑くなるとこれを強め、寒くなると弱めるというわけだ。
ところが、この空調には重大な欠陥があった。物価が上昇する場合には、いくらでも政策金利を引き上げることで対応できる。ところが、デフレの場合には限界がある。物価の下落を止めようとして政策金利をどんどん引き下げて行くと、いずれはゼロになってしまう。これが「ゼロ金利政策」と呼ばれる状態だ。しかし、それでもデフレが止まらない場合、中央銀行はお手上げとなってしまう。政策金利は物価を下げる機能しかなく、物価を上昇させるという暖房機能はないのだ。
1990年代初頭のバブル崩壊によって発生した深刻なデフレに対応するため、日本銀行は立て続けに政策金利を引き下げ、99年2月、ついに政策金利が実質的にゼロになった。歴史上初めてと言われる「ゼロ金利政策」だが、それは中央銀行の金融政策が限界点に達したことに他ならない。しかし、ギブアップを宣言するわけにはいかないことから、「ゼロ金利政策」という名前をつけることで、ごまかしたというわけなのだ。
「石油ストーブ使いますか?」。ベッドで震えていた私に、ホテルのスタッフが石油ストーブを運んできてくれた。ほとんど使ったことがなく、倉庫に眠っていたものを探してきたという。実はこれと同じことを日銀も行っていた。「量的緩和政策」だ。これは、資金を大量に金融市場に投入、銀行を通じて企業や個人に提供し、投資や消費に使ってもらい、物価と景気の押し上げを図った政策だ。灯油を人々に配り、それを使って部屋を暖めてもらおうとしたのである。
2008年にアメリカで始まった金融危機に対応するために、世界各国は急ピッチで政策金利の引き下げを行ってきた。しかし、すでに引き下げ余地はほとんどなく、アメリカも日本も、遅かれ早かれ「ゼロ金利政策」に到達することが濃厚な情勢だ。
急速に温度が下がり、デフレの寒さに震え始めた世界経済。量的緩和政策を含めた、「ゼロ金利政策」後の一手が打ち出せるのか?世界経済は厳しい状況に追い込まれているのである。