鉄道の場合、1両でも車両故障が発生すると、これが障害になって全体の運行に支障が発生してしまう。相互乗り入れが行われている場合、状況はさらに深刻だ。JRで発生した故障が、故障とは無関係な私鉄や地下鉄の運行に影響を及ぼし、連鎖的に運行障害が広がる恐れもある。
同じ構図を持っているのが、金融システムが抱えている「システミックリスク」だ。
金融システムは、お金を運ぶ「鉄道網」だ。銀行や証券会社、保険会社など様々な金融機関が鉄道会社となって、お金という乗客を乗せ、必要なところに運んでいる。
金融機関は「A銀行からB銀行へ100億円送金し、B銀行はそのうちの50億円をD銀行へ送金…」といった具合に、他の金融機関との巨額の資金決済を行っている。金融機関同士の複雑な「相互乗り入れ」が行われているのが、金融システムなのだ。
したがって、一つの金融機関が破たんして、資金決済が不可能になると、障害はその金融機関だけにとどまらない。
A銀行が破たんした場合、A銀行から資金を受け取る予定だったB銀行の資金繰りの計画が狂い、それによって、C銀行も決済資金が不足…と、連鎖的に資金決済が不可能になる恐れが出てくる。
A銀行の列車が動けなくなったことで、相互に乗り入れているB銀行、C銀行の列車も運行がストップ、ついには金融システムという鉄道網全体がマヒしてしまう恐れがある。金融システムが、システムとして持っている固有のリスク、これがシステミックリスクだ。
システミックリスクは、国内にとどまるものではない。
金融機関は、世界各地の金融機関ともネットワークで結ばれ、頻繁な資金決済が行われている。したがって、日本の小さな地方銀行の経営破たんが日本の金融システムをマヒさせ、これが日本の金融機関と取引をしている欧米の銀行に波及、ついには世界規模での金融システムのマヒを引き起こしかねない。北海道のローカル線で発生した脱線事故が、首都圏や大阪圏の鉄道をストップさせ、さらにはアメリカやヨーロッパの鉄道まで止めてしまうことも十分に考えられるのである。
システミックリスクを抑えるためには、政府や中央銀行などの金融当局の役割が重要となる。金融機関の経営を厳しくチェックし、破たんを未然に防ぐことは当然だ。万一、経営破たんで資金決済ができなくなった金融機関が発生した場合は、必要に応じて資金供給を実施し、他の金融機関への連鎖を食い止めることが必要となる。鉄道会社が事故を起こさないように監督し、事故が発生した場合には現場に急行して「復旧作業」を実施、他の鉄道会社の車両が通れるようにするのだ。
しかし、金融当局の資金供給は最終的に税金投入となる可能性がある。このため、「民間企業である金融機関を、税金で救済するべきではない!」という批判も出てくる。しかし、金融システムがマヒすれば、経済は大混乱に陥り、その影響は計り知れない。このため、金融当局は批判を覚悟で、税金による資金投入を実施するのだ。
2008年に発生した世界的な金融危機でも、最も懸念されたのがシステミックリスクだった。リーマン・ブラザーズやAIGといった「巨大鉄道会社」で大事故が発生したことを受け、アメリカでは、財務省やFRB(連邦準備制度理事会)が、強い批判を受けながらも莫大な公的資金を投入し、事態の収束を図った。アメリカ国内はもちろん、日本やヨーロッパなどの金融機関に影響が広がることを避けるための措置だったのだ。
鉄道が不通になると、社会生活には大きな支障が生じてしまう。「仕事に遅れた。どうしてくれる!」と、文句を言われないように、システミックリスクを徹底的に管理し、金融システムを安定させることが極めて重要なのである。