「イスラム金融」にも同じような制限が設けられている。イスラム金融は、イスラム法(シャリア)に基づいて行われる金融取引の総称で、最大の特徴は利息が認められていないことにある。コーランの第2章275節に、商売は許すが利息は禁じるとの記述があることから、利息を介在させた金融取引が不可能になっているのだ。
利息がもらえなければ、お金を貸そうとする人はごく少数であり、金融システムは成立しないはずだが、現実にはイスラム圏でも、活発な金融取引が行われている。実はコーランでは「利息」が禁じられる一方で「商売」は推奨されていて、そこで生じる「利益」も認められている。そこで、金融機関はこれを利用、金融取引を架空の商品取引に置き換え、「貸し手」を「売り手」に、「借り手」を「買い手」にした上で、間に入った銀行が、売買価格に差をつけることで、事実上の利子を得ているのだ。実際に商品が動くことはない架空の商品取引を介在させた金融取引は「ムラバハ」と呼ばれ、イスラム金融の7割を占めると言われている。
また、ある事業に資金を投入する場合、「融資」ではなく「出資」の形をとり、利息の代わりに、事業が生み出した利益の配分を受け取るという信託金融に似た「ムダラバ」という手法も一般的だ。これ以外にも、利息の概念を回避した様々な取引が編み出され、企業や個人に提供されている。「利息を取るな」という家訓がある友人が、利息代わりの夕食をごちそうになるように、イスラム金融でも、形を変えた利息が付けられているのである。
イスラム金融のもう一つの特徴が、資金の拠出先についての独自の制限だ。ハーラムと呼ばれるイスラム教の禁忌、豚肉やアルコール、タバコや武器を扱う相手との取引は許されない。また、「マイシール」と呼ばれる投機的な行為や賭博も禁止されている。したがって、株式投資は許されるが、先物取引はNG、デリバティブへの投資など論外ということになる。
厳しい家訓を設けている友人の実家だが、その背景には、名家としての威厳を維持するためには、より高い倫理観が必要であるとの信念があるためだった。イスラム金融の様々な制限も、所得には労働の裏付けが必要であり、不労所得を得ることは許されないといった宗教上の高い倫理観に基づいたものであった。
もし、世界の金融界が、イスラム金融の倫理観を持っていれば、バブルもマネーゲームも生まれないだろう。様々な制限があるイスラム金融だが、倫理観の欠如から、しばしばマネーの暴走を招く資本主義経済が学ぶべき点も少なくないのである。