正月恒例の箱根駅伝では、伴走車に乗った監督が、選手に声をかけ続けている。監督の「かけ声」で、ランナーがレース状況を把握、ペースを変えたり、気合を入れ直すきっかけにもなったりするが、的外れなことを言うと、逆効果になる恐れもある。
中央銀行も同じような「かけ声」を出している。「フォワードガイダンス」だ。通常、中央銀行は政策金利や貨幣供給量の変更などの直接的な方法で金融政策を実施している。しかし、今後の金融政策の方向性を示唆するメッセージを発信、金融市場に心理的な影響を与えることで、間接的に金利などを変化させることも不可能ではない。これがフォワードガイダンス。中央銀行という監督が金融市場で走っているランナーに「かけ声」をかけ、走りを変えようとするのだ。
今、中央銀行が政策金利を引き上げる金融引き締めを計画しているとしよう。この場合、いきなり引き上げるのではなく、「景気が回復しつつあるので、政策金利を引き上げる可能性が高まっている」などと、中央銀行総裁がメッセージを出す。これが伝えられると金融市場では「金利が上昇するのなら、その前にお金を借りておこう」という動きが広がって資金需給がひっ迫、金利が上昇する。「後ろが迫ってきたぞ!」と、監督が大声を出してランナーのペースを上げさせるように、中央銀行はフォワードガイダンスによって、金融市場を動かそうとする。
しかし、フォワードガイダンスが混乱を招くこともある。2013年6月19日、アメリカの中央銀行に相当するFRBのバーナンキ議長が、景気の下支えのために行っている量的金融緩和策について、景気が回復してきたので、「縮小を年内に開始し、来年半ばには停止するだろう」と発言した。大量のマネーを経済に供給し続ける量的金融緩和策は、体力の低下した経済に点滴を打ち続けるようなもので副作用がある。バーナンキ議長としては、できるだけ早く終了させたいと考えているのだが、いきなり終了させると影響が大きい。そこでフォワードガイダンスで地ならしをしようとしたわけだ。
ところが、この発言が伝えられた途端、「景気が失速する!」と株式相場が急落するなど大混乱が発生、その影響は日本を含めた全世界に及んだ。監督としては、「お前はもう大丈夫だ」と、安心させたつもりだったのだが、ランナーのほうは「見放された……」と不安になり、ペースが乱れてしまったのだ。慌てたバーナンキ議長は「まだ、決めたわけではない」などと発言を修正、不安解消に追われることになる。フォワードガイダンスの難しさを物語る出来事だった。
一方、日本ではフォワードガイダンスが効果を上げていない。「2%のインフレを起こします」というフォワードガイダンスを出した黒田東彦日本銀行総裁だが、これに従って行動する人は少数で、金融市場への影響も一部にとどまっている。日銀総裁という監督に、耳も貸さないランナーが多いのが日本の現状だ。
フォワードガイダンスは、中央銀行総裁の記者会見や議会証言、さらには講演会などの機会を利用して発信されることもある。監督がどんな声をかけてくるのか? フォワードガイダンスに耳を澄ましていたい。