こうした使用期限を、貨幣にも設けるべきだと主張したのが、ドイツの経済学者で実業家でもあったシルビオ・ゲゼル(1862~1930)だ。通常、貨幣は、インフレの場合を除いて、貨幣価値が低下することはなく、富裕層は金利収入で生きて行ける一方、貧困層は金利の支払いに追われて格差が拡大する。そこでゲゼルは、貨幣に使用期限を設定し、これを超えると価値が下がる性質を持つ「自由貨幣」の導入を提唱した。
貨幣価値が自動的に低下すると、保有量が大きい富裕層ほど損失が大きくなる。また、お金を借りた場合、返済時の貨幣価値が下がっているため事実上の「マイナス金利」となり、富裕層から貧困層へ富の移転が起こるというわけだ。
では、どのように貨幣価値を下げて行くのか? 1月に発行された1万円札が、2月には9900円に、3月には9800円になる……などとすると、額面と使用価値が異なるため使いにくい。そこでゲゼルは「スタンプ紙幣」という仕組みを提案した。紙幣にスタンプ(印紙)を貼る欄を設け、期日が来たらスタンプを購入して貼付することを義務付ける。「1万円札を使うためには、毎月100円のスタンプを貼付する」などとするもので、貨幣に保有コストを与えることで、額面を維持したまま実質的な価値を減らすことを図ったのだ。
自由貨幣には、デフレ解消効果もあった。貨幣の価値が上昇して人々が貯め込む結果、貨幣の使用頻度が下がり、消費や投資が低迷して物価が下がるのがデフレだ。もし、貨幣価値が自動的に下がるなら、人々は可能な限り早く使おうとするため、消費や投資が拡大する。使用期限がある商品券が、商店街の売り上げを増やしたように、自由通貨にもデフレ解消効果が期待できる。
1932年、オーストリアのヴェルグルという町で、自由貨幣が実践されたことがある。町は公共事業で働いた人に対する給与として「労働証明書」を発行し、町内で貨幣として使えるようにした。労働証明書は、毎月初めに額面の1%のスタンプを貼ることが義務付けられていたため、保有者は月内に使い切ろうとした。そのため、消費が急激に増えて、経済が活性化された。その一方で、スタンプの売り上げは町の税収になったことから、新たな公共事業が可能となり雇用が拡大、失業者はゼロになり、上下水道などの社会資本整備も進んだ。世界中が大恐慌に苦しむ中、小さな町で発行された労働証明書と言う自由貨幣が、「ヴェルグルの奇跡」と呼ばれる好景気を生んだのだ。
日本でも自由貨幣によって、デフレが解消できるとの主張がある。マイナス金利政策も、貨幣の価値を下げる政策だが、日銀当座預金に範囲が限定されている上に、国債などに資金逃避が起こっていて効果は出ていない。しかし、紙幣や一般の預金にも自由貨幣が導入されれば、お金が急激に回り始めて消費が爆発的に増加し、一気にデフレが解消するという。
商品券を持っていた筆者が慌てて使用したように、国民を消費に駆り立てる自由貨幣だが、貨幣への信頼を失わせて大混乱を引き起こす恐れもある。自由貨幣は究極のデフレ対策であると同時に、経済を死に至らしめる劇薬でもある。