日銀は貨幣という水を適切に撒いて、安定した経済成長を実現しようとしている。日銀が、操作できるのは政策金利と貨幣供給量だ。日銀が貨幣を供給する際に適用される政策金利は、ホースの高さで、これを下げることで、より安い金利で貨幣を届けられる。貨幣供給量は放出される水量で、増やせば増やすほど、経済が潤うことになる。
デフレ不況が始まった当初、金融緩和は政策金利引き下げで行われたが、効果が出ないまま1999年2月に事実上ゼロになり、「ゼロ金利政策」と呼ばれるようになった。ホースの位置を下げ続けた結果、地面と同じ高さになったわけで、ゼロ金利政策は、政策金利による金融緩和の終わりを意味していた。
2001年3月、日銀は水量を増やす「量的緩和策」へと移行、2013年4月には、黒田東彦総裁の下で、貨幣供給量を劇的に増やす「量的・質的金融緩和策」を打ち出した。規模の大きさから「異次元の金融緩和」「黒田バズーカ」などと呼ばれたがデフレ克服には至らず、貨幣量の増加も限界に近づいて行った。
ホースを地面に置いてもダメ、水量を大幅に増やしてもダメ……となった日銀は、16年1月に「マイナス金利政策」を打ち出す。民間銀行が保有している日銀当座預金の一部から利息を徴収することで、政策金利をマイナスにした。地面に穴を掘ってホースを埋め込み、そこから貨幣を放出することにしたわけだ。
「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」となった金融政策は、マイナス幅を広げる「深掘り」が可能で、操作の余地が大きいという利点があったが、銀行収益の圧迫という副作用もあった。銀行は日銀から供給された資金に利息を払うことになった上に、融資の利ざやを確保しにくくなった。銀行は預金など短期資金を、より長期の融資に回して利ざやを得ているが、これは短期より長期の金利が高いことが前提となる。ところが、マイナス金利政策の導入で長期金利までマイナスになり、利ざやが消滅してしまったのだ。
収益が減少すれば、銀行は融資に慎重になり、金融緩和に逆行しかねない。そこで日銀は「長期金利操作」を金融政策に追加した。長期金利(10年)を一定の水準以上に保つように操作するというもので、目標は「ゼロ%程度」。短期金利はマイナスであるため、銀行は利ざやが得られ、マイナス金利政策の副作用を緩和できるというわけだ。
しかし、長期金利は金融市場取引で決められるもの。放出後の水(貨幣)の高さ(金利)は、自然環境(金融市場)に委ねられ、ホースを持つ中央銀行は操作できないというのが金融理論の常識だ。日銀は「新型オペレーション」によって操作可能としているが、思惑通りいく保証はない。また、長期金利を下支えすると、住宅ローン金利が下げ止まるため、金融緩和ではなく金融引き締めだとの批判も出ている。
ホースの位置を下げたり、水量を増やしたり、穴を掘って埋めてみたりした末に、「放出後の水を操ります」と宣言した日銀。ゼロ金利政策も継続中であり、正しくは「長短金利操作付きマイナス金利付き量的・質的金融緩和」となる金融政策の名称は、屋上屋を重ねてきた日銀の迷走を物語っているのである。