同じような曲線が経済にもある。「イールドカーブ」(利回り曲線)だ。中央銀行が発行した貨幣には、期間に応じた金利が付けられていく。1年未満までの「短期金利」から10年までの「長期金利」、それ以上の「超長期金利」までをグラフ化したものがイールドカーブで、中央銀行がまいた貨幣という水が描く曲線と考えることができる。
イールドカーブは、期間が長くなるほど金利が高い右肩上がりが通常で、「順イールド」と呼ばれている。金利は金融市場における資金の貸し手と借り手の力関係で決められる。1週間後より10年後の方が、返済されないリスクも、経済変動のリスクも高まるため、金利も高く設定される。
しかし、順イールドはあくまでも基本的な形状で、現実のイールドカーブは経済情勢を敏感に反映して複雑な動きを見せる。景気が拡大し、将来インフレが発生すると予測されると、中央銀行が金融引き締めに動く可能性が高まる。すると、金利が上がる前に、より長期の借り入れをしておこうという動きが強まるため、長期金利が短期金利以上に上昇していく。イールドカーブが「立つ」、あるいは「スティープ(Steep)化」と呼ばれる状況だが、反対に景気が悪化して将来のデフレと金融緩和の可能性が強まると、長期金利ほど大きく下落する。この結果、イールドカーブの傾きが緩やかになる「フラット化」が進み、場合によっては短期金利より長期金利が低い右肩下がりになることもある。「逆イールド」と呼ばれる状況で、景気後退懸念が急激に強まったり、金融危機や政情不安が起こったりした場合にも発生している。
1980年代半ばには順イールドだった日本のイールドカーブだが、バブル崩壊が始まった89年から91年にかけては逆イールドとなった。バブル潰しのための金融引き締めで短期金利が上昇する一方で、やがて景気後退が進み、それに伴う金融緩和が行われるとの思惑から、長期金利が急落した。
安定した経済成長を実現する上で金利は重要な要素だが、そのコントロールは容易ではない。中央銀行が直接操作できるのは、貨幣を注入する際に適用する政策金利(通常は最も短い翌日物)だけで、その他の金利は金融市場が決定している。手元でホースの角度や水量を操作しても、まいた後は自然の流れに委ねざるを得ず、思ったところに水をまくことは困難なのだ。
こうした中、日本銀行が打ち出した新たな金融緩和策は、「長短金利(イールドカーブ)操作付き量的・質的金融緩和」というものだった。イールドカーブを日銀がコントロールし、長期金利を下支えしようというのだ。しかし、すでに説明した通り、イールドカーブはあくまで金融市場が決めるもので、日銀の思惑通りにはならないとする見方が大半を占めている。
中央銀行のホースからまかれた貨幣が描くイールドカーブは、景気や金融政策の見通しから、政治的な要因に至るまで、様々な要素を反映している。その形状を分析することで、経済の過去、現在、そして未来を知る重要な情報を得ることができるのである。