種は「買うもの」という時代に
公共の財産であったものを民営化して、全て企業の利益に結び付けていく──。今の日本の政治のこうしたやり方は、農業分野に限ったものではありません。先の国会に提出された、自治体の水道事業の運営への民間企業の参入を促す「水道法改正案」などもその典型です。民間企業が儲かればGDPが伸びて、それでこそ日本は豊かになる。だから種子企業をどんどん巨大化させて、海外にバンバン種を売って利益を得るんだというのが、今の政権にいる人たちの発想なのでしょう。
しかし、先にも触れたように、民間企業は利益を追求しますから、これまでのように、生産量は少ないけれどそれぞれの地域に合った、多様な品種の種を守っていくことは難しくなります。地域の気候や特性を無視した大量生産向けの種ばかりが出回り、寒冷地だろうが温暖な場所だろうが、あるいは山岳地帯だろうが平地だろうが、その品種を作るしかなくなってしまう。たまたまその品種が合う土地はいいけれど、それ以外の土地では生産力が落ち、土地も痩せていってしまいます。
また、民間企業が開発するそうした大量生産向けの品種は、農薬や化学肥料を大量に使うことが前提ですから、ますます土地はボロボロになって、農業を続けていくことも難しくなるでしょう。
実は、2007年頃までは、農林水産省は「種子法を守る」立場を取っていました。国会(規制改革会議)で民間委員からの「自由に参入ができない」という批判があることを指摘された時も、「種子法があっても民間企業の活動に支障はない」と、むしろ種子法を擁護する文書の提出を行っています。
それがなぜ変わってしまったのか。種子法は、農水省にとっても自分たちの基盤になる、非常に重要な制度でした。それを手放すということは、農水省が農水省でなくなってしまうということだと言ってもいいと思います。今(18年9月)、農水大臣は経済産業省出身者が務めていますし、農水事務次官も経産省出身者です。もはや日本では、農業は自動車産業などよりはるかに規模の小さい「一産業」という位置付けに過ぎず、農水省は経産省の一部局にされつつあるのではないでしょうか。
その農水省が、農家が自分で栽培した作物から種を採って次期作に使う「自家採種」について、原則禁止にする方向で種苗法の改定を視野に入れている、との報道が、18年5月に流れました。
これには、ユポフ(UPOV)条約という国際条約が関係しています。植物の新品種を開発した人の権利を「育成者権」という知的財産権として保護し、権利者以外が種子を保存したり農家同士で共有したりすることを禁止するもので、日本は1998年に批准しました。そしてそれに先だって、条約の内容に合わせるために種苗法の改定を行ったのです。
ただ、この条約は批准国に一定の裁量権が認められていて、これまで日本では原則自家採種OK、ただし例外として認められない品種を設定する、というやり方を取ってきました。それを、原則と例外を逆にして、自家採種は原則として禁止するという方向性が打ち出されたわけです。
この報道が出た後、農水省は種苗法の改定はまだ具体的に検討しているわけではないと述べています。しかし、現状でも自家採種禁止の品種はどんどん増えていて、今年はもう300品種以上が禁止となる見込みです。
種苗法の対象となるのは、比較的新しく開発された品種のみで、小規模農家がずっと昔から栽培してきた、いわゆる「在来種」は含まれません。だから在来種の自家採種は禁止対象にならないので大丈夫だと言う人もいるのですが、現状の市場システムでは在来種の農作物を流通させることは困難です。結果として、市場に出すための作物については実質的に自家採種ができない、つまり種はどこかから「買う」しかなくなってしまう可能性は十分あると思います。
ここにも、種を「公共で守るもの」から「開発して儲けるもの」にしていくという流れが見えます。ちなみに、当初アメリカが主導していたTPPは、ユポフ条約の批准が参加条件の一つとなっていますが、アジア版の自由貿易協定であるRCEP(東アジア地域包括的経済連携)でも、同様に参加国にユポフ条約の批准を義務づけることを日本政府が主張したのです。日本が単なる「被害者」でないことは、ここでも分かると思います。
「地域の農業を守る」世界的潮流が生まれつつある
では、こうした動きに私たちはどう対抗していくことができるのか。実は、世界では既に、もう一つの新たな動きが始まっています。これまで世界中で農業の規模の拡大、機械化、企業化が進められてきました。しかし、それによって食料生産はかえって不安定になって環境破壊も進んでしまうことが明らかになり、小規模家族農業を守ることの重要性が再認識されつつあるのです。
例えば、フランスでは小規模家族経営による有機農業の割合を増やしていくための支援策が設けられましたし、ドイツでは有機農作物の生産を現在の3倍に上げる政策が出されています。オーストリアでは既に有機的に管理されている農地が全体の2割を超え、一般の農作物との値段の差もどんどん縮まってきているそうです。さらに2018年4月にはEUが、それまで違法とされていた農家間での種の売買を認める、と発表しました。有機農業を発展させるためには有機農家の種子が不可欠だからです。
また、ブラジルでは生態系の力を活用するアグロエコロジーに基づく農業運動が全国的に盛んに展開されてきました。その結果、伝統的な在来種の種子の価値を政府も認め、その保護と促進のための予算が付けられるなどの変化が起こっているのです。
私が一番注目しているのは韓国です。韓国では、07年に米韓FTA(自由貿易協定)が締結され、政府は「サムスンがあれば韓国に農業はいらない」とばかりに、農業を切り捨てる政策を進めてきました。かつては7割以上あった食糧自給率が、20%近くまで落ち込んでしまったのです。
そこで、なんとか農業を立て直そうと考えた農村の女性団体が取り組んだのが「在来種の復権」でした。企業から種を買っている限り、農薬や化学肥料を買わなくてはならなくなって、立ちゆかなくなる。
1998年に批准
UPOV条約は、植物新品種保護国際同盟条約。1961年に採択され、68年に発効。3度の改正が行われ、日本は91年に改正されたいわゆる「ユポフ91年条約」を批准している。
アグロエコロジー
生態系を守るエコロジーの原則を農業に適用する科学であり、その農業の実践であると同時に、食や農業の在り方を変える社会運動でもあるとされる。工業化された農業に対するオルタナティブとして注目を集める。