兵隊出身こそ物書きの正統派だ
鴻池 そもそも、小説家になろうと思ったのはいつ頃ですか? 自衛隊に入ろうと思うより前からですか?
砂川 中学の頃には、なんとなく自衛官やりたいなと思ってましたね。めちゃめちゃ頭悪くて、勉強嫌いだったんで、自衛隊だと読み書きできなくてもなんとかなるだろうと思ったんですよ。あと単純にカッコいいなって。物書きになりたいと思ったのは、高校ぐらいからですかね。なんとか大学に進学して、その頃にはオツムも少しはマシになっていたので卒業後に幹部候補生学校に入りました。
鴻池 小説を書くために自衛隊に入ったようなところはあるんですか?
砂川 いや、それはないです。自衛隊のときは、職務を全うするという気持ちが強かったです。ただ、あるときふと兵隊出身の物書きこそ正統派なのでは、って急に思ったことはあります(笑)。メルヴィルもそうですし、サン=テグジュペリ、オーウェル、サリンジャー、日本だと司馬遼太郎は戦時中に戦車隊にいたわけで。
鴻池 おお、カッコいいですね。それを実現したわけですもんね。「文學界新人賞」を受賞してデビューしたわけですけど、それまで投稿したことはあったんですか?
砂川 いえ、ゼロです。初めて投稿してデビューです。
鴻池 マジか! 『文學界』は純文学の載る文芸誌ですけど、文芸誌の存在は知っていたんですね?
砂川 文芸誌の存在は知ってました。『文學界』に応募したのは規定枚数が短くてもよかったからっていうのもありましたね。長いの書けないので。あと、元自衛官で小説家の野呂邦暢(くにのぶ)という大先輩が、『文學界』でデビューしているというのは大きかったかもしれない。
鴻池 それで『文學界』だったんですね。
砂川 実は応募時点では野呂さんの作品を読んでなくて、デビューしてから読んだんです。
野呂さんの「ある男の故郷」とか「草のつるぎ」を読んだんですけど、すごかった。しかも、野呂さんは「文學界新人賞」の佳作だったんです。「野呂さんのこの作品が佳作で、俺の作品が受賞なわけないだろう」と打ちのめされて……。焦りの原点はこのときかもですね。これは腹を切るか……。いやこれからがんばろうと思いましたね(笑)。
鴻池 デビュー作の「市街戦」以前に、習作とかはあるんですか?
砂川 大学のときに書いていた小説はあります。ただ幕末モノの歴史小説です。
鴻池 えっ、読みたい! どういう内容なんですか?
砂川 備中松山藩の下級藩士が、京都見廻組に入って戊辰戦争まで行くっていう構想でして(笑)。当時、司馬遼太郎の歴史小説が好きすぎて影響を受けて書いたんです。でも、書き上がらなかったんで新人賞には応募もしてないです。
鴻池 面白そう。そこから、純文学を書こうと思ったのはなぜだったんですか?
砂川 司馬遼太郎のあとに、なぜか、安部公房にはまったんです。すごく面白くて、あらかた読んだんですよね。そこからカフカとかブッツァーティっていう感じで。だから私の中での純文学は、不条理をテーマにした作品というイメージがありますね。
鴻池 なるほど! 安部公房がきっかけで純文学だったんですね。
テーマは自意識の〝脱臭〟
鴻池 砂川さんの「小隊」を読んで、改めて小説家はすごいなと思いましたね。だって、砂川さんは自衛隊に入っていたとはいえ、当たり前ですけど、実戦経験はないですよね。それでよく、戦闘シーンで主人公の隣で死ぬ人間をこれだけ細かく描写できるなと思いました。これは自衛官だった当時に、シミュレーションというか、想像していたことなんですか?
砂川 経験したことしか書けないこともあるかもしれないけれど、その経験に似ていることは書けるんです。「ブラックボックス」で刑務所のシーンがリアルと言ってくださる読者の方がいたんですけど、もちろん刑務所にぶち込まれたことはない(笑)。それも、自衛隊に入った1年目に小さい部屋に大勢の人間がいる環境にいたから、その感覚を思い出しながら書いたんです。細部のことは知らなくても、自分の経験をもとにそれを拡大しながら書いているんです。
鴻池 デビュー作の「市街戦」からその後の「戦場のレビヤタン」、「小隊」は、砂川さん自身の自衛隊での経験をかなり生かして書いた作品に読めますね。
砂川 ただ、自衛隊で起こったマジなエピソードって、全部ギャグになっちゃう(笑)。
鴻池 あっ、そうなんだ。じゃあ、こっちが勝手にイメージしている〝自衛隊〟に寄せて書かれている?
砂川 そうなんです。でも、鴻池さんの新作「すみれにはおばけが見えた」に出てくる出版社とか編集者さんとかも、一般的なイメージに寄せて書いてませんか? あんな編集の人いない(笑)。
鴻池 うん、多くの人が思う〝編集者っぽい〟イメージに乗っかって書いたかも。
砂川 刑務所のシーンも自分で体験した似ているものと、いわゆる一般の人がイメージする〝ムショ〟に寄せて書いているところはありますね。でも、それでいい気もするんですよね。実際に体験した人の数より、そういうフィクションとかで描かれるイメージで理解している人の数が多いわけですから。
鴻池 リアルを追求すると、小説はほかのジャンルに敵わないですからね。でも、砂川さんの作品はリアルに感じるし、僕はこういうハードボイルドなカッコいい文体に憧れますね。