尾崎 ありますね。音楽では、自分のやっていることは、いわゆるエンタメだと思っています。お客さんの規模とか、無理やり定義すればですけど。
鴻池 僕は音楽のことそんなに詳しくないけど、ミツメっていうバンドのヴォーカルの川辺(川辺素)が大学時代からの友達なんです。川辺のつながりで、トリプルファイヤーというバンドのヴォーカルの吉田氏(吉田靖直)とも仲良くなったんですよ。ミツメとトリプルファイヤーの音楽は純文学ですかね?
尾崎 純文学な気がします。トリプルファイヤーというか、吉田さんはちょっとまた違う特殊なジャンルかもしれないけど(笑)。
鴻池 ははは(笑)。
ぶっちゃけ、新人賞受賞してデビューしたかった?
尾崎 この対談連載が始まる前のエッセイでも、鴻池さんは純文学とはこういうものだと定義されていましたよね。
鴻池 僕の書いたものは読まなくていいって依頼書にも書いたじゃないですか!
尾崎 いやいや、なんかミュージシャンとして活動しているときは他の人が気にならないのに、小説は違うんです。だから、鴻池さんのようなミュージシャンがいて、何か言っていたとしても気にならない。今日は、マネージャーにも先に帰ってもらったんだけど、自分が小説のことを語っている姿を見られたくないんですよね。この違いって何だろうと思う。
鴻池 制作するうえで全く違いますか?
尾崎 音楽は全部自分の努力でできたという感じがないんですよね。自分の感覚としては、曲は何となくできていく。過去に聞いてきた音楽、いま自分が思っていること、実際に鳴らした音とか色々なものが混ざっている。最終的にその全部が〝いい絵〟になっているかが曲作りの感覚なんです。
鴻池 小説のほうが自分で産みだしている感じが強いということですか?
尾崎 そうですね。実際にやってみて、本当に小説は、書けない。曲作りのときの〝何となく〟の感覚がない。曲はギターを弾けばできるのに。
鴻池 それはそれで才能がないとできないことだと思いますけど。
尾崎 曲は飛んでいくんです。最近、急に世界的なバズり方をする曲がありますよね。ああいうのは怖いです。音楽は、作り手の体重が乗っていなくても、だからこそどこまでも飛んでいくことがある。小説は受け手に届いた時にある程度の重みがあるので、なかなかそういうことはないと思います。
曲にしろ、歌詞にしろ、ライブでMCをするにしても、ファンの方はもちろん愛情をもってそれを受け止めてくれるんだけど、まだ言いたいことを言い切ってないんだけどな、というところで、もう感動してくれている感覚があるんです。自分がバンドのヴォーカルという存在である時点で、表現が成立してしまうところがあるんだと思う。これは、メジャーデビューしてからずっと感じていたことです。
鴻池 尾崎さんは、それでは満足できないんですね。
尾崎 はい。そのファンの方の感動はウソではないと思います。音は、言葉より早く人の感情を揺さぶるから、言葉を発している自分の体から遠いところにあると感じるのかもしれないですね。でも、特に文芸誌に載っている小説は、その感情の目盛りがもっと細かい感じがするんです。
鴻池 面白い! それは音楽もやっている尾崎さんだからわかる感覚ですね。
尾崎 だから音楽で小説に使える筋肉を鍛えている感覚があるんです。音楽というジムに行って鍛えている。でも、小説家の方は元々、書くことで鍛えているから最初からムキムキなんです。月額払ってジムで鍛えた筋肉と、肉体労働で鍛えた筋肉の違いがある。だから、その違いにコンプレックスを持っているのかもしれないですね。私はジムに通ってこの筋肉を鍛えてるんですけど……みたいな(笑)。でも、音楽で鍛えた、小説家の方とは違う筋力がついていると信じたいです。
鴻池 読者にその〝筋肉〟の違いを見抜かれたことありますか?
尾崎 見抜かれたことはないかな。
鴻池 じゃあ、コンプレックスを持つことはないんじゃないですか。
尾崎 ただ、作品じゃなくて「尾崎世界観」という名前で、「はいはい、ミュージシャンが書いたのね」みたいになっちゃいますよね。
前に自分と同じく、他ジャンルで活動しながら、小説を発表しているある人と話していて、その人が「何でサラリーマンや医者が小説書いても何も言われないのに、俺たちは批判されるんだろうね」と言っていたことがあって、その気持ちがよくわかった。でも一方で、急に横から入って小説を発表して、ズルをしているような気持ちになることもありますね。
鴻池 ぶっちゃけ、新人賞を受賞してデビューしたかったですか?
尾崎 うん。いま小説を文芸誌に何作か発表してみて、そうありたかったと思いますね。やっぱり、デビューできる保証もない状態で小説を書いて応募するって、すごいことですよ。自分の場合は、音楽でメジャーデビューして、多くの人に聞いてもらえるようになったことがそれに匹敵するのかなと思います。そう思いたい……。ただ、自分は明確にお客さんが増えていったりして、こうして認められたという手ごたえがあるけど、文芸誌の新人賞の選考とか、どうやって選ばれているのかわからないところもありますよね。実際、どうなんですか?