鴻池 そこまで大仰なことでもなくて、単純に飽きちゃったんですよね。僕は尾崎さんと違って小説家という肩書しかないから、文学の世界を見切ったりしちゃいけないとわかっているんですけど。
尾崎 いま関わっている漫画の世界には、憧れみたいなものはありますか?
鴻池 いや、ないですね。あくまで生活のためですかね。小説のほうが好きですね。漫画には純文学とは違う自由さがあるとは思うんですけど。
文芸誌を中心にこの業界のことがわかってきて、どういう作品が業界で評価されるのかがなんとなくわかるんですよ。その業界のなかで良しとされるものに抗いたいという気持ちがあるんですよね。
尾崎 はっきり評価の基準が見えているんですか?
鴻池 いや、あくまで個人的な見解ですよ。ただ、芥川賞の候補になる作品の傾向とかわかるんですよ。時代のトピックとかが描かれていれば、候補になりやすいとか、あるじゃないですか。というか……。あるじゃないですか?
尾崎 はいはい(笑)。
鴻池 純文学って辞書で引くと「芸術性に特化した」とか定義されているけど、僕は全然違うと思う。単に〝文学の世界〟というギルドを延命するために必要な要件を備えたものが純文学なんですよ。僕からすると、その構造がとっても滑稽なんです。
現実はそんなものなのに、読者はまだ〝文学の世界〟に憧れていて、ワナビーみたいな方がたくさんいる業界でもあるんですよね。
尾崎 そういう人を目覚めさせたい?
鴻池 いやいや、そんなことなくて、僕は夢を見る人たちが大好きなので、目を覚まさせたいなんて気持ちはない。
尾崎 憧れるのはいいけど、ちゃんとそれは夢だと思ってないと、ヤバいよということですか?
鴻池 ヤバくていい(笑)。人生はヤバくていいんですよ。憧れている人たちを茶化したいとかではなくて、単にその滑稽に見える構造を書きたいし、こんな変な業界のなかで小説家として存在している以上、それをテーマにしないわけにはいかないというか。最近の小説で小説家を主人公にして、業界の内側とかを書いているのは、そういう理由ですね。
尾崎 そういうことだったんですね。でもそんな葛藤もなく文学の世界にいる小説家もいるわけじゃないですか。さっき鴻池さんは何かを引き受けていると言ったのは、そのことです。
鴻池 僕は尾崎さんも何かを引き受けている気がする。だって、尾崎さんはミュージシャンとして、確固とした地位を築いているのに、失礼な言い方かもしれないけど、そんなに小説に肩入れする必要もない気がするんですよ。尾崎さんは、なんでそんなに小説に執着するんですかね。
尾崎 いますごく言葉を選んで言ってもらったと思うんですけど、つまり「お前は小説を本気で愛しているのか?」ということですよね。それを常に自問自答してますね。自分は小説を利用しているのかもしれない、ナメてるんじゃないかって……。でも、小説は自分のなかで、表現の〝最後の砦〟という感じなんです。表現したものに対して、こんなに人の意見が気になるジャンルはないんですよね。これが不思議で……。音楽にはほとんどそれがない。
鴻池 多分、言語で勝負する芸術だからでしょうね。
尾崎 ああ、そうか。
鴻池 遠くの他者とコミュニケーションするうえで、もっともプリミティブな手段である言語によって勝負しているからじゃないかな。
意地悪な質問というか、究極の選択みたいなこと聞きますね。尾崎さんは、自分の音楽作品と小説作品どっちが後世に残ってほしいですか?
尾崎 うーん……。こんなことを言うと、音楽のファンの方に怒られるかもしれないけど、小説ですね。音楽はどこか作れてしまうという感覚がある。自分の意思だけではないし、現にいまバンドメンバーと一緒に作っている。自分の力だけじゃないからこそ、とんでもないミラクルが起こるし、そこが音楽の魅力です。「小説のほうが残ってほしい」と言えるのも音楽に対する〝くすぶり〟だし、ずっと音楽に甘噛みしている感じがある。だから、音楽があるからこそなんです。でもやっぱり、言葉でしか表現できない小説というジャンルに、とてつもない魅力を感じています。こんなに懐の深い表現はないですね。
鴻池 最後にとてもいい意見が聞けました。今日はありがとうございました。