高瀬 ええ、私は愛媛が地元なんですけど、東京で考えていることを地元の隣の家の人に言っても、それはただ迷惑なんですよ。たとえば、私は東京の職場では、常に男女平等にしてほしいと思っているんですね。でも地元に帰って、「なんでこの家ではお母さんばっかり家事をしているの?」って隣の家の人には言えない。そこでうまく回っているなら、生活が壊れてしまうと思うから。だから、地元では、性差別を扱ったニュースを見ても、ずっと黙っている。東京だと「マジ? あのニュース最悪だよね」って周りにすぐ言えるんですけどね。それを言えない、言わない自分のずるさを感じてしまいます。
鴻池 誰かが息苦しいので、ある価値観を作り変えようとする。でも変えた先でまた息苦しい人が出てくる。これは永遠に終わらないですよ。
高瀬 きりがないから、はっきり〝これが正しい〟を小説で表現するのは難しいんですよね。
小説家は人間への興味が強いのか?
鴻池 もうこれだけデジタル社会になって、常に僕らはスマホとかで文章を読むことになったわけじゃないですか。でも、不思議なのは、文字そのものは無機質なわけで、その背後に書いた人が必ずいる。ネット上の膨大な数の文章の背後にも、その文字を打ち込んだ人がいると思うと凄いですよね。僕の場合は、さっきも話したように、文字と文章が「小説」という型にはまった途端に、書き手のホログラムが浮かび上がるんです。
もっと言うと、情報文とか解説文みたいなものの書き手も気になる。前にウィキペディアをテーマにした小説書いたけど(『ジャップ・ン・ロール・ヒーロー』)、僕はウィキペディアの顔の見えない〝作者〟のことも知りたいと思って読む。知りたいというか、ホログラムが勝手に浮かんでくる。こいつ、文法無視したクセのある文章だから、こういうヤツなんだなみたいな。
高瀬 なんか大変だな(笑)。
鴻池 考古学者とかは、古文書から、何が書いてあるのかを解読して、そこから誰が書いたのか特定するわけですよね。僕の小説の読み方はそれに近いんじゃないかな。古文書でも神話みたいなフィクションがありますよね。そういう神話から、実際にあった史実とすり合わせて、誰が書いたのか解明する。僕の場合は、現代人が書いた文章で、その読み方を適用しているのかも。人が書いた文章にはどうしてもウソが入る。あらゆる文章はフィクションであるという言い方もできますよね。ということは、真実は文章を書いた人の、人格とか、肉体のみなんですよ。
高瀬 鴻池さんはなんでそんなに人間に興味があるんですか?
鴻池 これって人間に興味があるからなんですかね?
高瀬 うん、だって考古学者の人が古文書を解読するのは、その時代にどういう人間がいたかの歴史を知りたいからでしょう。鴻池さんもやっぱり人間に並々ならぬ興味があるから、文章に真実を求めているんじゃないかな。私はそこまで人間に興味がないな……。なんかそんな自分が嫌なんだよな。興味があったほうがいいですよね?
鴻池 その「人間に興味があったほうがいい」と思ってるのは、見栄っ張りですよ。つまり、他人に自分をよく見せたいんだよ。なんか、高瀬さんの小説ってモテる人が書いたものって感じがするんだよ。まだモテようとしているの?
高瀬 えっ、なんで?
鴻池 彼氏が途切れたことのないヤツが書いた小説なんですよ。主人公大体モテるし。
高瀬 何が悪いんですか!
鴻池 悪いとは言ってない。
高瀬 悪くないでしょ、別に。
鴻池 だから高瀬さんの小説って〝自虐風自慢〟だよ。
高瀬 自慢? 彼氏がいることが自慢になるって、中学生じゃないんだから(笑)。
鴻池 いやいやいやいや。俺みたいな〝ゴキブリ系男子〟を前にそれ言っちゃダメです。
高瀬 鴻池さん、結婚してるじゃん(笑)。
鴻池 いや、それは関係ない。
高瀬 でも、鴻池さん、いまの話しぶりだと、確認ですけど、私がモテたっていう前提で話してたじゃない。私が人生において常に彼氏が途切れなかったみたいな感じで話されてると思うんですけど、大学以降は確かにそうなんですよ。でも、小学校とか中学校はもうド底辺だった、本当に。
鴻池 えーとね、それもね、あまり重要な話じゃないです。
高瀬 えぇー?(笑)。
鴻池 それは、田舎者はみんなそうですよ。勉強のできる田舎者は高校とか大学でデビューして、社会人になって、ヤりまくるんです。だから、それは別に普通です。いや、もういっそ開き直って「人間に興味ないです」とか「はい、モテますけど何か?」って言ったほうがいいんだよ。そっちのほうが読者の好感度は高そうだよ。
高瀬 モテないとは言ったことないです(笑)。言いました? 私モテないって。
鴻池 えっ、ちょっと待って、さっき言ったじゃん! 小学生と中学生のときド底辺だったとか。
高瀬 言いましたっけ(笑)。ちょっと真面目な話に無理やり戻すと、いま読者からの好感度高くなるっておっしゃったけど、私はそもそも小説の作者に興味がないんです。作品のみで楽しみたいんです。書いた人間が出てこないでほしい。
鴻池 それは読者としてですよね。作者としてはどうですか?
高瀬 作者としても、自分が表に出ることは居心地悪いかな。