鴻池 じゃあ、覆面作家としてデビューするという道もあったわけじゃないですか?
高瀬 そうなんですよね。デビューできるとも思ってなくて、そこまで頭が回ってなかったんですね。でも、本当に作者と読者は切り離したいんです。デビューしてなにが嫌かって、他の作家の方の顔が見えて実際に会ってしまうことですよ。そうすると、読んでいてどうしてもその人の顔が見えてくる。
鴻池 それはあるかも。たとえば、エンタメ系の作品とか、漫画が一番わかりやすいんですけど。漫画は編集者と二人三脚で作るほぼ合作みたいなもので、僕は漫画を読む場合は〝作戦〟を読み解きますね。
高瀬 そんな読み方したことないですよ。
鴻池 読み方というより、いま仕事で漫画の編集に関わっているけど、そうやって実際作るんですよ。いかにヒットさせる作品にするか、編集者と〝作戦〟を練っているんです。ヒット作はその〝共同作戦〟が結実したものだから、他の作品との色々な共通点が見つかるし、読んでいて作者にあまり興味がなくなる。担当編集者の「作家性」が際立つことすらある。でも、純文学の場合は、編集者によるストーリーの展開や文体への介入がおそらく出版物で最も浅いから、作者がより出やすいんですよ。だから、書いた人が最も気になるジャンルとも言えるかもしれない。少なくとも、僕は書いた人が気になってしょうがない。
高瀬 ああ、昔、「小説家は人間を本当の意味で好きじゃないとなれない職業」って小説家の誰かが言っていたのを読んだんだけど、そういうことなんだろうな。だから、私も小説家として人にもっと興味を持ちたいんですよね。
鴻池 ある種、持ちたいとあがくのが高瀬さんの小説なのかもしれないですね。
高瀬 そうかも。他者に本当は興味ないくせにね。
鴻池 高瀬さんにとって小説を書くことは、到達しないものを目指すプロセスなんですよ。芥川賞の受賞者インタビューの最後でもそんなこと言っている。「書いて書いて、本当に自分の書きたかったことを見つけ続けたいです」って。カッコいい!
高瀬 バカにしてるでしょう(笑)。
鴻池 いやいや、本当にカッコいいと思ってる。いい言葉ですよ。
小説はただ気持ちがいいから書いている
高瀬 私は小説を書くときにテーマとか決めて書かないんです。読者に伝えたい、訴えたいことも特にないんです。書きながら考えて小説ができてくるんです。って言うと意地悪な鴻池さんは「すごいっすね~ 天才型は違いますね~」とか言ってくると思うんで嫌なんですけど……。
鴻池 いや、そんなことは言わないですよ! それで?
高瀬 書く前まではモヤモヤってあるものが、書いて文章にするとはっきりしてくるんです。書いて、登場人物も動かしてとやっていくと、テーマとか書きたいものが出てくるんです。出し方が違うだけで、実は小説書く前にプロット作る人と同じなんじゃないかなとも思うんです。プロットも小説を書く前の設計図で、主人公は女性で、登場人物がここで死んで、ここで不思議な老人に出会って、みたいに考えますよね。プロットを作ろうとして初めて登場人物とか物語の展開とかが出てきてるわけじゃないですか。私の場合は、小説を書きはじめることで、登場人物とか設定が出てくるんです。書いてみないと、頭の中に何が入っているのかわからない感じなんです。
鴻池 僕も全く同じ書き方です。テーマとか物語はあとですね。単純に書くっていう行為が楽しい。目的はなくて、お風呂で鼻歌唄うとかそんな感じに近いんですよ。
高瀬 わかります。なんか気持ちいいですよね。私はメモとかすごい量になってますからね。もう、生活のことから、読んだ小説の感想、会社で起こった嫌なことまで、なんでも書いちゃう。会社の会議の議事録とかは嫌だけど(笑)。
鴻池 うん、メールとかも嫌。でも、小説書くのは特に気持ちいいよね。
高瀬 (カバンからメモ帳を取り出して)あっ、メモにありました。「純文学とは何か? を意識したことない。正直気持ちよくて楽しくて書いてしまっただけ」って(笑)。今日の対談のためにメモってたんです。
鴻池 芥川賞受賞すると、長編連載とかの依頼が来るって聞いたことあるけど、短編や中編以外の作品を書く予定とかあるんですか?
高瀬 私はホラー小説をいつか書いてみたいです。子どものころから、角川ホラー文庫がめっちゃ好きで読んでたんです。
鴻池 僕らの思春期に「Jホラーブーム」がありましたよね。楽しみです。すぐ書きはじめるんですか?
高瀬 いや、しばらくは純文学書きたいんですよ。
鴻池 あれ? じゃあ「純文学」って定義できてるんじゃない?
高瀬 あっそうか……。うーん、なんかどのジャンルにも定義できない頭の片隅にあるモヤモヤを言語化して作品にできるのが「純文学」なのかもしれませんね。
鴻池 いい回答が聞けました。今日はありがとうございました。