鴻池 読んでますよ。感想も言ってもらいますけどカミさんは別にいいんです。ちょっと問題なのがカミさんの母上、つまり僕の義母なんです。新作発表のたびに、なんか電話でカミさんにごちゃごちゃ言ってくる。最近、それこそ「不倫」とか夫婦関係が破綻した小説書いているから、義母が心配して「これは本当なの?」って。
石田 ええー。
鴻池 電話越しに泣いているらしいんです。
石田 すごい! やっぱり純文学は私小説として読まれるんだ。
鴻池 (泣いた真似をしながら)「ねぇ、これは本当なの~?」って。
石田 ははは(笑)。
鴻池 やっぱり小説家になるには親族と縁を切るのが大事ですね。
石田 そうか。
鴻池 いまのところ、僕の作品が一番刺さっている読者は、義母かもしれない(笑)。
石田 読んで泣いてくれるという。
鴻池 うん。だから僕は本当に自分の半径何メートルかの世界、身内のことしか書いてないかも。あんまり、大多数の読者に開かれているとは言えないかもしれないです。
石田 それは私もそうかも。基本的に自分の知ってることしか書いてないです。
鴻池 石田さんは、自分のことを主人公に投影して書いている感じはありますか?
石田 それはないですね。あくまで小説の主人公は自分とは別だと思って書いてます。
鴻池 「我が友、スミス」という作品では、主人公がジムに通ってますけど、石田さん自身もジムには通っているんですよね?
石田 ジムには行ってますね。「ケチる貴方」では冷え性に悩む女性が出てくるんですけど、それは私と逆で、私は暑がりなんです(笑)。「その周囲、五十八センチ」は、脂肪吸引をテーマに書いたんですけど、実は脂肪吸引は興味があって美容外科に行きましたね。ただ、実際には、お医者さんがすごい丁寧に説明してくれたんで、怖くなって自分ではできなかったんですけど(笑)。
鴻池 「黄金比の縁」は人事採用の話だけど、採用担当されたりしたんですか?
石田 いや、それも妄想で、「こんな感じだろう?」って(笑)。「我が手の太陽」で、溶接出てきますけど、溶接の経験はありますね。私はすっごい下手でしたけど。
鴻池 すごいな。経験を全部、作品にフィードバックできるんですね。
石田 いやいや。ちなみに、鴻池さんの「すみれにはおばけが見えた」ではお父さんが大変な目にあいますけど、鴻池さんのお父様は怒ってないですか?
鴻池 いや大丈夫(笑)。小説に書いたこと全部、本当じゃないから。
石田 お父様泣いてるんじゃないですか。
鴻池 あれは完全に架空の人物ですよ。とはいえ仮に親父が勘違いして泣いたとしても、しょうがないことだとは思います。
純文学のここが嫌!
鴻池 石田さんの作品は、色んな職業の裏側を分析するというより〝解体〟してますよね。この、職業のディテールを読むだけで楽しい。
石田 いや、でも最初に書いて編集者さんに出すと、「ウィキペディアじゃないんだからこんなに説明いらない」って言われること多いですよ。鴻池さんは、説明が多いとか言われたことないですか?
鴻池 説明が多いはないかな。描写が冗長で〝酔っている文章〟だ、みたいに言われたことはあるかも。というか、僕には、石田さんみたいに、説明して、詳しく書けるような素材がないんですよ。
石田 鴻池さんはそれより人間の内面や物語をきちんと描けるから、余計なウィキペディアみたいな説明がいらないんですよ。
鴻池 そうかな。
石田 あと、純文学は社会的なテーマとか、メッセージを読み取られることも多いと思うんですよ。鴻池さんは前回の砂川さんとの対談で、自分の作品について評論で言われた横文字の言葉がわからなかったとおっしゃっていたけど。
鴻池 そう。「ポスト・トゥルース」って言葉を知らなかった。
石田 ほかにもこう言われたけど嫌だったとかありますか。
鴻池 嫌とは思わないです。どう読まれてもいいんだけど、そういう流行の言葉を使って得意げに評論されると若干鼻につくってだけです。
石田 私も基本はどう読まれてもいいんです。ただ、「我が友、スミス」で女性の主人公がジムに通ってボディ・ビル大会に出る話を書いたので「フェミニズム」に関心がある人だと思われがちですね。あと、「黄金比の縁」で顔の黄金比が採用の合否を決めるというエピソードを入れたので「ルッキズム」に興味があるんでしょう? と言われたりもします。実際はどっちもあんまり興味ない(笑)。
鴻池 酔っぱらってきたから言うけど、もうほんとそういうバカの一つ覚えみたいに、いま流行のテーマとかでしか小説を読まない奴らが多すぎんだよ! 大量生産されたロボットみたいに同じことしか言わない評論家とか編集者が多過ぎる。あいつら、全然クリエイティブじゃない!
石田 うん(笑)。
鴻池 あっ、すいません。石田さんに刺激されて悪口言っちゃった。