ジャクディシュ・バグワッティという学者の言葉です。かれはインド出身の経済学者で、貿易理論の大家として幅広く知られています。
バグワッティ先生の言い方は実に正しいと思います。
自由な交易の中で、国々や人々が、お互いに相手が必要としているものを提供し合う。自分が必要なものを相手から供給してもらう。このような相互依存関係のネットワークが広がれば広がるほど、国々も人々もお互いに相手を大切にするようになるはずです。
誰も、誰か無しでは生きられない。誰もが、誰かと貿易を通じてつながっている。そのような世界になれば、戦争が起こる余地はなくなります。
このような観点から、筆者が時折り夢見る世界があります。
それは、全ての国々の食糧自給率がゼロの世界です。誰も、自分のためには食糧を生産していない。誰もが農業を営んではいる。しかしながら、それは自分のためではない。地続きのお隣さん。海の向こうの知り合いたち。誰もが、世のため人のために農産物を生産している。
このような世の中になれば、間違いなく、戦争が起こる危険性は大幅に低下するでしょう。
そんな無茶な、と思われるかもしれません。確かに、これは飛び切り極端な理想論です。ですが、理想は理想です。いかに突拍子もなくても、理想を高く掲げることは重要です。ドロドロした現実に引き寄せて、理想のレベルを引き下げるのは発想が本末転倒です。
至高の戦争回避手段となるような自由貿易。それが、我々が目指すべきゴールです。
そこで、近頃話題のTPPについて考えてみましょう。民主党政権時代からすったもんだのテーマとなって来たTPPですが、ここに来て、安倍晋三自由民主党政権がTPP交渉への参加を公式表明しました。
このことによって、日本はバグワッティ先生が高く掲げた自由貿易の世界に近づいて行くことになるのでしょうか。
答えは否です。ご存知の通り、TPPは環太平洋パートナーシップ協定。Trans-Pacific Partnershipの頭文字です。ですが、筆者には、このTPPの三文字が、別のフレーズの省略形のように見えて仕方がありません。
そのフレーズとは、Totally Preferential Partnership です。Totally(トータリィー)は「全面的に」とか、「全く」の意。Preferential (プレフェレンシャル)は「差別的」とか「選別的」の意です。
徹底的に相手を特定し、地域を限定した囲い込み型通商協定。それがTPPの実態です。
分け隔てなく、誰とでもオープンに取り引きする。これこそ、バグワッティ先生がイメージする自由貿易です。
これに対して、TPPは囲い込みのフェンスの内側に入ること、そして、そこに入るためのいわば会員規定に同意した者たちだけに対して、差別的・選別的に特別待遇を与えるというものです。会員規定を受け入れない者たちは排除される。
このような排他性を持つやり方を、自由貿易とはいいません。
戦争徹底回避のための自由貿易。もう一度、そのような方向感をもって、国々に物を考え直してもらいたいものです。
しかしながら、現実は逆に地域限定・相手特定型の差別的通商関係が広がる方向に向かっています。この展開に、ひたすら憂慮が深まる日々です。