歌舞伎の登場人物は芝居の世界を離れ日常でも例えば「だれだれのように」と耳にしたり口にすることがある。いわば元祖ヒーロー・ヒロイン。そのキャラクターを知れば芝居もより楽しめる。(2009年 編集協力/伊佐めぐみ)
お光(おみつ)
乙女の純情が実を結ぶこともあれば、恋の敗者となることも。この田舎娘は後者。久松(ひさまつ)との祝言が決まりウキウキのところへ、身重のお染が遠路はるばる追いかけてきた。人目をはばからず嫉妬するが、心中する二人の覚悟を聞くと、惚れた男の幸せを考え、尼になって身を引く決意をする。一途な恋の裏にはこんな残酷さもある。『新版歌祭文(しんぱんうたざいもん)』(1785年初演)。
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魚屋宗五郎(さかなやそうごろう)
酒を飲むと悪酔いして暴れ回るので今は禁酒中。ところが大名に奉公する妹がいわれなき罪で非業の死を遂げたと聞き、もう呑まなきゃやってられないと解禁。久々の酒が身にしみて泥酔し、あげくは勢いづいて主家へ殴り込む。あたふたする周囲のおかしみは、酔いが醒めた後の切なさを深める。『新皿屋舗月雨暈(しんさらやしきつきのあまがさ)』(1883年初演)。
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夕霧・伊左衛門(ゆうぎり・いざえもん)
大阪で全盛を張る太夫(たゆう)と、放蕩しすぎて勘当中のドラ息子。勘当を自分のせいにして夕霧が身を細らせていると聞いては、恋文を継いで着物にした紙子(かみこ)しか着る物がなくても、心配でいそいそと会いに行くラブラブカップル。そのくせ会えば無邪気な痴話げんかが始まる。はんなりした上方の味わいが全編に漂う。やがて勘当も解けて大団円。『廓文章(くるわぶんしょう)』(1808年初演)。
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お三輪(おみわ)
吉野の里の酒屋の娘。隣家に藤原鎌足の子、淡海(たんかい)が身分を隠して住む。お三輪はこのエリートに片思い。高貴な姫との三角関係は、無垢な恋心へ疑惑と嫉妬の火種をともす。男の裾へ糸を結びつけて追跡し、迷い込んだ館で女官にいじめられ、最後は漁師に刺殺されるが、お三輪の血は藤原氏と敵対する蘇我入鹿を倒す。『妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)』(1771年初演)。
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累(かさね)
浪人与右衛門(よえもん)の子を身籠もる腰元。父を殺害した極悪人とは露も知らず、恋しさ一心でかき口説く。流着した父の髑髏(どくろ)の怨念でヒステリックな醜女に変じ、男の心変わりをなじった末、惨殺される。肌脱ぎをした累の襦袢にみられる紅葉は流血の見立て。与右衛門や『四谷怪談』の伊右衛門のような二枚目性悪男を、歌舞伎では色悪(いろあく)と呼ぶ。『色彩間苅豆(いろもようちょっとかりまめ)』(1920年復活)。
◆その他のミニ知識はこちら!【歌舞伎のヒーロー・ヒロイン列伝 Part 1】