国内の子どもの貧困問題が語られるようになって、久しい。現在、子どもの7人に1人が、平均的な手取り収入の半分以下の所得しかない家庭で暮らしている。そんな中、子どもに食事や居場所を提供する「子ども食堂」が次々と生まれ、現在は全国に6000以上あるという。コロナ禍では特に増え、その活動内容も多様化している。「子ども食堂」の生みの親である近藤博子さん(62)が、東京都大田区で運営する「だんだん(島根の言葉で“ありがとう”の意)」を通して、その本質を探ってみる。
「給食以外のご飯はバナナ1本」
カラフルな花や動物などの絵が描かれた壁の前にベンチや植木鉢が置かれ、入り口には暖簾が下がっている。近藤さんが店長を務める〈気まぐれ八百屋だんだん〉。中へ入ると、右手のカウンターの奥に厨房があり、前には自然食品や無農薬野菜などが並ぶ。左手には、テーブルと椅子が置かれた食堂スペース。2020年3月にパンデミックが始まるまで、ここでは毎週木曜日に子ども食堂が開かれ、近所の人たちが賑やかに食事を楽しんでいた。
近藤さんが〈だんだん〉で子ども食堂を始めようと思ったのは、2010年、野菜を買いに来た近所の小学校の副校長からこんな話を聞いてからだ。
「家庭の事情で、給食以外のご飯はバナナ1本という子もいると言うんです。そこで、元は居酒屋の建物でキッチンがある〈だんだん〉に、子どもたちが温かいご飯と具沢山の味噌汁を食べられる場所をつくろうと思いました」
近藤さんは、近所の仲間とどうしたら実現できるかを話し合い、食品衛生責任者の資格を取って、飲食店の営業許可を取得する。そして、2012年8月、ついに子ども食堂をオープンすることに。実はそれ以前から、〈だんだん〉では、地域の人たちが参加する様々な活動が展開されていた。
島根の農家で育ち、東京で歯科衛生士になった近藤さんは、45歳の時、仕事をパートタイムにして、友人の自然食品店の手伝いをするようになる。その後、週末に有機野菜の宅配事業を始めると、しぜんと地域とのつながりが広がっていった。
「ある時、お客さんに“元気な葉っぱのついた大根が買いたい”と言われ、野菜の仕分けに使っていたこの場所で、八百屋を始めることにしたんです」
店内は、やがて買い物客の溜まり場となり、子どもたちが勉強を手伝ってもらえる「ワンコイン寺子屋」や、学校帰りに気軽に立ち寄れる「みちくさ寺子屋」も誕生。近所の大人が英語や習字など、いろいろなことを学び直す機会も創られる。そうした活動の中で生まれた人間関係や問題意識が、子ども食堂の開設を後押しした。
近藤さんは言う。
「子ども食堂は、単に貧困家庭の子どもに食事を届けるためにあるのではないんです。貧困の救済は国がすべきでしょ? 私たちは地域の子どもを皆で見守り、寄り添い、育てようと思うんです」
〈だんだん〉の子ども食堂は、木曜日の午後5時半から8時まで開店し、6人のボランティアが栄養バランスのとれた家庭料理を作って、子どもは上限100円の「ワンコイン」、大人は500円で提供してきた。無料にしないのは、「施しにはしたくない」(近藤さん)からだ。子どもたちの面倒を見る大学生のボランティアもおり、毎回、子どもと大人、合わせて50〜60人が訪れていた。
「“ひとりで食べにきてもいいんだよ”、“あなたを歓迎している場所なんだよ”という、子どもたちへの思いを込めてやってきました。近所のおばちゃんに晩ご飯をよばれるイメージです」
そう話す近藤さんは、この活動を通して、地域には貧困だけでなく、親の病気や夫婦関係など、様々な問題を抱える家庭があり、子どもの悩みもそれだけ多様だと知る。また、歯科衛生士として「健康と食と歯」を結びつけて考える中、忙しい大人と共に食卓を囲むことがないために、いろいろな食材を食べる経験がなく、食べ物を噛むことを知らない子どもが多いことにも気づく。
「大人を見ながら体験を通して生活の基本を学ぶ、という機会が減っているんです」
そんな機会を生み出すことも、〈だんだん〉の役割となっていった。
2015年1月、東京都内で第1回の「子ども食堂サミット」が開催され、近藤さんたちの取り組みがメディアで紹介されると、「子ども食堂」は全国へと広がっていく。ところが、2020年3月、新型コロナの感染拡大により、食堂を開くことが困難に。多くの子ども食堂同様、〈だんだん〉も予約制で弁当を販売する形にせざるを得なくなった。
お弁当でコミュニケーション
ある祝日の木曜日。お昼前の〈だんだん〉では、弁当作りが進んでいた。
「今日は40人分くらい、作ります」
食堂スペースのテーブルにニョッキ(団子状のパスタ)の生地が入ったボウルを置いて、イスラエル人のアイザックさんが言う。通常は毎週木曜日の午後5時半から7時まで販売される弁当が、この日は祝日のため、正午から午後1時まで売られる。メニューも特別版。休日ボランティアに来ているアイザックさんが作る、じゃがいものパスタ“ニョッキ”だ。