「環境」という側面については、環境破壊をもたらしてきた既存の経済活動を、自然との共生を念頭に置いた経済活動に変える、という共通目標がある。環境破壊によって起きている気候危機は、その原因をつくっている私たち自身が対処しなければ解決できない、人類全体の課題だ。今まで同様の経済活動を続けていては、気候危機は手に負えない状態にまで行き着き、地球も私たちの未来も崩壊する。だから、私たちの手で、自然との共生を前提とした社会的連帯経済を創り、危機を回避しようというのだ。既存の経済活動が危機に加担していることは、パンデミックで世界中の経済活動が停滞した時期に、温室効果ガスの排出量が急激に減少したという事実からも明らかだ。未来を考えるとき、環境を軸にした持続可能な経済は不可欠なのだ。
では、私たちは、具体的にどんな原則に基づく経済活動をしていけばいいのだろうか。スペインのシンクタンク「アルテルナティーバス財団」の研究所が報告書「社会的連帯経済 現状とスペインの展望」(2019年12月)で提示する社会的連帯経済の定義をベースに、わかりやすくまとめると、次のようになる。
1)地域や環境とのつながりを大切にする
地域を豊かにすることに積極的に関わり、自然との共生を前提とした豊かな環境の維持を模索する。
2)競争するのではなく、協力する
信頼と助け合いに基づいて、人と人、組織と組織がつながり、協力しながら働く。
3)資本ではなく、人を中心に置く
利潤を増やすことではなく、人が安心して働き、働きながらも学び、創造力を発揮して、心豊かに暮らせるようになることを目指す。
4)民主的、かつ全員参加の運営をする
皆が情報を共有し、対等な立場で議論に参加し、民主的な方法で物事を決める。
5)安定した生活を保障する
誰もが仕事を持って一定の生活の質を保てる働き方、経済のあり方を実現する。
こうした経済を創ろうとしている組織の中でも、その原則を最もよく体現しているのは、「労働者協同組合」だろう。スペインでは、労働者協同組合がこの新しい経済を築くうえでの中心的な役割を果たしていると考える。
「つながり」と「協力」を糧に
労働者協同組合は、次のような特徴を持っている。
・組合員である労働者自身が出資し、事業を経営する。つまり、雇用・非雇用の関係がない。
・労働者同士、あるいは組合同士は、競争ではなく、協力を通して事業を行う。
・出資額に関係なく、一人一票の原則で、組合員全員が対等な立場で議論し、運営する。
これほど民主的で平等な職場は、あまりないように思う。
「仕事の進め方も給料も、すべて自分たちで決めるから、とてもやりがいがある」
スペインの労働者協同組合で出会う人たちは、大抵、そんなふうに話す。雇用主や上司の指示のもとで同僚と競い合いながら働くのではなく、誰もが対等な立場で、目標を共有しながら協力して働いていること。それぞれの個性を尊重し、皆で学び合いながら成長していること。労働を通して、より自分らしい生活を築き、人の役にも立てること。それらの事実からくる充足感だろう。
労働者協同組合は、日本国内でも、パンデミック下でより多くの関心を集めるようになってきた。国内には現在、「日本労働者協同組合(ワーカーズコープ)連合会」と「ワーカーズ・コレクティブ ネットワーク ジャパン」の2つのネットワーク組織があり、合わせて2万5000人前後の組合員がいる。
スペインでは、労働者協同組合を含むあらゆる協同組合(農協、生協、漁協など)が、一つの「協同組合法」のもとに定義されている。この法律に則ってつくられた協同組合は、国の社会保障制度に組み込まれる。ところが、日本では、これまで労働者協同組合のための法律がなかったために、労働者協同組合は皆、実際にはスペインのそれと同じような特徴を持って運営されていても、NPOや企業組合などの形態をとらざるを得なかった。2020年12月にようやく独自の法律、「労働者協同組合法」が成立したところだ。この法律は2022年12月までに施行されるため、今後、正式に労働者協同組合として登録する組織が出てくるだろう。
スペインの労働者協同組合は、パンデミックによる深刻な経済危機に見舞われた2020年、その特徴を生かして、互いのつながりと協力を糧に、支えあって生き延びた。「スペイン労働者協同組合連合会(COCETA)」によれば、25万人以上いる組合員の中には、サービス業従事者を中心に、政府が支給する「一時解雇(ERTE)給付金」を受けなければならない状況に陥った人たちがいたが、その76%は同年度中に受給の必要がなくなったという。全国の組合員の間には、解雇された者は一人もいなかったそうだ。それどころか、1300を超える組合が新たに誕生している。
この事実は、社会的連帯経済のもとでなら、危機に対してもより柔軟な対応が可能で、未来へと歩み続ける力をより確実に得られることを示している。
未来を生きるための経済を創る
未来を生きるために、私たちは、つながりと協力に基づく新しい経済を創っていかなければならない。私たちからしばしば生きる意味や、生きたいと思える未来まで奪ってきた既存の資本主義経済を離れ、足元から社会を築き直していくのだ。
この連載では、日本でそんな活動に取り組む人たちを訪ね、実際にどんなことが行われているのかを伝えていく。訪問先を選ぶ基準は、先述の社会的連帯経済の原則に沿った活動を目指し、それを一定程度、実現していることだ。先に挙げた日本社会が抱える問題も念頭に、異なる分野で活動する取材対象を選び、観察し、課題を含めて紹介していきたい。
取材対象には、労働者協同組合(ワーカーズコープやワーカーズ・コレクティブ)やNPOはもちろん、市民グループや自治体による取り組み、それら様々な組織のネットワークも含まれる。その多くは、おそらく「社会的連帯経済」という言葉や概念を知らないだろう。しかし、彼らは今この瞬間、その概念に基づいて活動するスペインや世界の人々と重なる思いを胸に、働き生きている。その姿を通して、より豊かな社会の未来像を共に思い描いていこう。
この連載を始めるきっかけとなったスペインの社会的連帯経済と、それを取り巻く政治・経済・社会状況に関しては、拙著『ルポ 雇用なしで生きる スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦』『ルポ つながりの経済を創る スペイン発「もうひとつの世界」への道』(ともに岩波書店)に、詳しく紹介されている。また、2021年4月からは、同じ関心を抱く仲間で、社会的連帯経済ポータルサイト「つながりの経済」を運営している。日本と世界の状況について知りたい方は、ぜひこちらを訪問していただければと思う。