シューレ大のイベントでソーラーカーを製作していると語る不登校経験者の話を聞いて、不登校に対するイメージが変わった。
「不登校をした人でも、そんなすごいことができるんだ。そう驚くと同時に、一緒にソーラーカーを作りたいと思ったんです」
シューレ大に入ってソーラーカー製作に挑み、仲間と鈴鹿耐久レースにも出場。その過程で「いろいろな人の思いを乗せたものを作る楽しさ」を知り、演劇にも取り組む。「特別な人間にしかできない」と思い込んでいたことは、誰にでも挑戦できることだと気づいたからだ。
「その頃からずっと(大学の講座「生き方創造」で始めた)『自分研究』を続けています。自分の中にある学歴コンプレックスはどこから生まれたのか、ということから考え始め、次第に世間の枠組みではなく自分の中の声を大切にできるようになってきました」
働くのが辛いと感じていたのも、枠にはまった働き方しか思い浮かべなかったからではないか。そう考え、別の働き方を調べていくうちに、労働者が皆で出資、経営し、働く「協同労働」を知る。
「『自分研究』と『シューレ大で出会った仲間』、そして協同労働に見られるような自分から始まる働き方との出会いが、今の生き方を可能にしてくれました」
ともに考え、ともに働く
440Hzのオフィスは、都内の小さなビルのワンフロアある。入って左手は、長方形に長机と椅子が置かれたミーティングスペース。右手には、「よくここでご飯を作っている」というキッチンと、作業スペースがある。一番奥には、もう一部屋、ミーティングルームが確保されている。
作業スペースでは、石本さんが映像編集に取り組んでいた。440Hzが制作してきた映像作品シリーズは、世界の教育、放射能、平和といった社会的テーマを扱っている。どれも、メンバーがシューレ大で培ってきた問題意識に端を発するものだ。自らの体験を通じて湧いた学校制度・文化への疑問、東日本大震災で痛感した放射能に関する正しい知識の必要性、2003年のイラク戦争と人質になった日本人への「自己責任論」から感じた疑問などが、制作意欲をかきたてた。
「取り上げたい企画は、各自がプレゼンテーションを行い、皆で話し合って決めていきます」
と、石本さん。シリーズ作品は、主に大学図書館に販売している。ほかにインターネット・ケーブルテレビの番組制作なども行う。コロナ禍では、オンライン会議のサポートの仕事も増えた。
同じスペースの奥では、デザインとウェブ担当の信田風馬さん(39)が、パソコンで仕事をしている。ウェブサイトやチラシ、パンフレット、カレンダー、名刺などのデザインを手がける。
「僕の名刺も、440Hzでつくったんです」
と、長井さん。その名刺には、レンガ色の紙に白抜きで出身県福島の地図が描かれている。「透かしてみてください」と言われて光にかざすと、地図の真ん中右寄りに、人の形が浮かび上がった。「その辺りが僕の出身地なんです」。
取材の日、午前中は広いミーティングスペースで、スタッフと朝倉さんがスケジュール会議をしていた。長井さんが進行役となり、グーグルカレンダーを使って、全員が日程表を共有しながら話を進める。大学のゼミのような雰囲気の中、各自が自由に発言し、進行中の業務の確認や今後の予定を話し合っていく。長井さんが「パンフレットの仕事が進まない……」と漏らすと、朝倉さんが「長井くんのやることを、皆で明日の夜にでも整理してみたら?」と提案、さっそく予定に入れられる。自己責任ではなく、支えあいが重視されている。
この日の会議では、TDUの学生の状況や授業内容についても話し合われた。440Hzのメンバーは、TDUの学生の相談役的存在で、講師もしており、講座や行事の企画にも関わっているからだ。
原点「生き方創造」
後日、440Hzメンバーの今に深く関わっているという講座「生き方創造」を、TDUで見学した。朝倉さんと学生15人(3人はオンライン参加)が、ロの字に置かれたテーブルを囲む。床に座ったり這いつくばったりして参加する人も。この日は2人が発表を行い、参加者と意見交換をした。
「私にとっての幸福は何か」という発表では、TDUで得ている生きる実感と、将来そこを離れた後の自分に対する不安、さらに「親の(学費)投資」に報いる形で生きていくためにレベルアップしなければと思うことなどが、語られた。共感する声や、「幸福は、自分がどう生きたのかをもとに考えるのが近道では」といった意見が出る。
もう一人の「2つのわたし、ひと」という発表では、家族に否定されていた過去の自分に影響され、必要以上に他人の目を気にする今の自分の苦しみが、伝えられた。「価値のない人間とされている過去の自分を、今の自分が肯定的に捉え直してみては」といった提案がされる。
講座の様子からは、440Hzの原点が見えた気がした。他者との対話を通して、自分の不安や苦しみのもとを探り、理解していくことで、自己否定から抜け出し、「自分から始まる生き方」をみつけてきたメンバー。彼らもかつて、この日の学生たちのように、仲間に自らをさらけ出し、理解され、理解しようとするなかで、自分の生きる道を探していたのだろう。その結果、仲間と学び、支えあいながら、働き、生きることのできる場を、自分たちで生み出した。
出会いとつながりの先に
440Hzは現在、新たな事業として、不登校の子を持つワーカーズコープの職員とその子どもをサポートする「リゾームスクール(家庭など自分の選んだ場所で学んでいくプロジェクト)」を行っている。朝倉さんと石本さんが、不登校の子どもやその親が学校とどのように関わればいいのか、家庭学習はどう進められるのかなどの相談に乗り、子どもの自由な学びを支えるのだ。
取材日の午後も、二人はミーティングルームで1時間ほど、相談に来た母親と話をしていた。
「いらしているのは、ワーカーズコープの方々なんです」
と、朝倉さん。440Hzは、数年前から「日本労働者協同組合(ワーカーズコープ)連合会(以下、連合会)」の人たちと連携しており、つい最近、連合会の会員にもなった。440Hzにとって、ワーカーズコープとの出会いは、新たな扉を開くものだった。約5年前、生きづらさを抱える若者支援組織の大会で声をかけられ、交流を深めるうちに連携することになったという。