オンライン交流が広まったことは、国内はもちろん世界各地の時間銀行のオンライン企画に参加したり共同企画を開催したりすることを可能にした。家に閉じ込められた人々が、時間銀行のネットワークを駆使して、よりグローバルな人のつながりを築いていったわけだ。
スペイン語・ポルトガル語圏全体の時間銀行をつなぐ「イベロアメリカ時間銀行協会」の代表、フリオ・ヒスベールは、その状況をこう例える。
「時間銀行は、大いなる家族」
人の暮らしを支えるのは、お金ではなく、人のつながりだということだろう。
ネットワークのなかに身を置く
パンデミックのなか、スペインの社会的連帯経済の中核を担う「労働者協同組合」にはどのような影響があったのだろうか。直接話を聞くために、マドリード州の東隣、アラゴン州の州都サラゴサで、6つの労働者協同組合の組合員との朝食会に参加した。
会を企画したのは、各自治州の社会的連帯経済に属する組織をつなぐ「オルタナティブ連帯経済ネットワーク(REAS)」のアラゴン支部だ。REASも所属する全国の社会的連帯経済ネットワーク組織・団体のまとめ役「社会的経済スペイン企業連合(CEPES)」のアラゴン支部も協力した。彼らの呼びかけで、サラゴサ市内やその近郊にある労働者協同組合の仲間たちが、街の中心にある自転車修理・販売・レンタル協同組合「ラ・シクレリーア」が運営するカフェに集まった。
場所を提供した「ラ・シクレリーア」の組合員、アルトゥーロは、私がパンデミックの影響を尋ねると、開口一番、「感染予防のために、自転車の利用は、品不足に陥るほど増えました」と言った。自転車修理の講習会に参加する客も以前より多くなったと話す。
エコ建築・リフォーム・インテリアを手がける協同組合で写真撮影を担当するエリッサも、「環境や住まいのことを考える人が増え、建築やリフォームの依頼が続いています」と微笑む。ただ、写真撮影の仕事は減っているため、組合員4人で仕事量にかかわらず収入を分け合い、バランスを取っていると説明する。
エコ建築・リフォーム・インテリア協同組合「アウプロ・コーペラティーバ」組合員のエリッサ。「フリーランスの頃は自分へのプレッシャーが苦しかった。今は助け合えるし、学びが多い」と話す。撮影:篠田有史
精神障害者支援に取り組むサルバドールは、パンデミックの初期、感染リスクの高い障害者が住む施設の運営に「神経を使って5キロ痩せました」と、苦笑する。その一方で、普段からつながりのある市役所や州政府に、医療従事者用のマスクや防護服の生産を障害者の作業所で請け負う提案をし、予算を得たことで、新たな可能性が開かれたと胸を張る。
経営・法律のコンサルタントを行う協同組合で働くピラールも、普段の何倍も忙しく苦しい日々が続いたという。政府の緊急支援策である一時解雇給付金や年金給付などの行政手続きがすべてオンラインになったため、対応できない人がこぞって相談に来たからだ。「生活に困っている人から手数料を取るのはためらわれることもありました。そんな時は、REASの仲間に悩みを相談しました」。
学校などで性教育を実施する協同組合のビクトリアは、学校でのワークショップの大半がキャンセルになったが、政府の一時解雇給付金を申請することで何とか乗り切ったそうだ。子どもや若者の地域参加を促すワークショップを実施するマリカルメンも、同じく一時解雇給付金などを使って危機に対応したと語る。そのうえで、こう言い添えた。
「経済的には苦しい面もあったけれど、絶望感はありませんでした。社会的連帯経済の仲間のネットワークのなかにいるだけで、安心できたんです。競争するのではなく協力し合い、喜びも苦しみも分かち合っていますからね」
この日集まったメンバーは、それぞれ運営する事業の内容も規模も異なるが、皆、同じREASアラゴンに所属する仲間だ。連帯のネットワークのなかに身を置いていることで、危機の最中でも不安を抱えずに、安心して仕事を続けてきたという。「久しぶりの対面の集まり」だというこの朝食会も、その絆を再確認する場となったようだ。
サラゴサでの労働者協同組合の組合員たちによる朝食会。(右手でPCを開いているのは筆者)撮影:篠田有史
連帯が築くレジリエンス
私が出会った労働者協同組合の組合員たちが口にする安心感の根底には、スペイン社会における社会的連帯経済の存在の大きさがあるようだ。スペインでは、人口の4割以上が社会的連帯経済に何らかの形で関わっており、その経済活動は国内総生産の約10%を生み出している(2019年現在)。REASやCEPES、そして労働者協同組合の全国ネットーク組織である「スペイン労働者協同組合連合会(COCETA)」らは、パンデミックのなかで全体の連帯をいっそう強化し、国内外での社会的連帯経済の存在感を高めるために大きな役割を果たした。
2021年7月、COCETA代表のパローマ・アローヨと、CEPESの国際関係コーディネーターのカルロス・ロサーノがオンラインでインタビューに応えてくれた。
社会的連帯経済
既存の資本主義経済とは異なる、人の暮らしと環境を軸にした経済。主な担い手は、労働者協同組合(Worker Cooperatives)をはじめとする様々な協同組合やNPO、フェアトレード、有機農業、地域通貨などを運営する人たち。

補完通貨
地域通貨など、「お金」とは別に「価値あるもの」の社会的循環を促すために使われる通貨。
