行政と連携した取り組みも豊富だ。
「市に納める税金や公共料金、各種証明書の手数料、公立病院での支払いなど、すべてさるぼぼコインが使えます」
と、古里さん。ほかにも、飛騨市のプレミアム商品券の一部や消費者還元ポイント、マイナポイントをさるぼぼコインで発行したり、移住者や子育て世代への給付金に利用するなど、地域住民の生活に直結する事業がたくさんある。
「災害情報や避難勧告、猪が出たところから半径100メートル以内にいるユーザーにはさるぼぼコインアプリを通じて出没情報が届いたりもするんですよ」
パンデミック下では、加盟店への支援の仕組みも作られた。古里さんによると、
「加盟店が個々に先払クーポンを発行できるようにしました。申し込みさえすれば、加盟店はこの仕組みをコストゼロで利用できます。例えば、お寿司屋さんのような飲食店は、苦しい状況の中で、一定期間内に利用できる食事クーポンを発行していました」
なお、このクーポンの有効期限は購入から6カ月以内。地元の商店街との連携では、コロナ不況対策としてユーザーへの20%のポイント還元キャンペーンも実施された。
こうしたさるぼぼコインの取り組みは、電子マネーを使った地域通貨の先駆けとして、千葉県木更津市の「アクアコイン」や東京都世田谷区の「せたがやPay」など、ほかの地域における電子地域通貨の誕生も後押しした。
手触り感のある経済
「さるぼぼコインを通して、便利な暮らしと豊かなコミュニケーションを地域に広げていきたいんです」
飛騨市出身で地元の活性化に意欲を燃やす古里さんだが、実は大学入学からの10年ほどは、東京で生活していた。
「大学を卒業して就職した会社で、初めて会計や監査といった仕事を知りました。当時はファシリティ部門というところで床下の配線作業などをしていたんですが、自分の時間を使って少しずつ簿記の勉強を始め、公認会計士の資格を取って大手の監査法人で働くようになったんです」
そんな折、父親のつながりで地元の飛騨信用組合からラブコールが。
「組合のトップの方が、これからは若い力が改革を進めていく時代なんだと熱く語られるのを聞いて、自分も何かに挑戦したいと思いました」
そう話す古里さんには、もうひとつ、挑戦に踏み切る理由があった。
「東京で信用組合への転職の相談をした時、年配の上司から『やめたほうがいい』と言われました。地元に戻って信用組合に入り、ダメだった場合、君の市場価値が下がってしまうことになるから、と言うんです。それで逆に、意地でも地元で力を発揮してやるぞ、と思いました」
当時はまだ世間で“地方再生”や“Uターン”が肯定的には語られておらず、東京から地方の小さな金融機関に転職するのは、「都落ち扱いだった」と苦笑する。しかし、古里さんにとっては、それが地域通貨の仕掛け人へとつながる、新たなチャンスだった。
「信用組合で働き始めて初めて気づきましたが、地方の経済は、本当に生々しい手触り感のある経済なんです」
東京で企業の会計監査をしていた時は、金額が大きすぎて「まるで数字ゲームをしているような感覚だった」と話す。所有(株主)と経営(会社)が分かれている大企業では、会社がダメになっても経営者個人の財産がすべて奪われるわけではないが、地方経済の主役である中小企業・組織では、自分たちの事業と暮らしが密接に結びついているため、会社と個人、そして地域経済が運命共同体だと感じる。古里さんが組合員として働く飛騨信用組合のような「信用組合」組織においては、特にそうだと言う。
「同じ金融機関でも、銀行は株式会社で営利目的の組織ですが、信用組合は非営利。住民が、地域に必要な金融機関を自分たちで出資(飛騨信用組合の場合は、1口1000円)して創り、組合員全員(現在約2万6000人)で運営している組織です。だから信用組合では、出資者も労働者もお客さんも、地域住民は皆、イコールなんです」
つまり、信用組合は、地域全体の相互扶助の仕組みの中に置かれた、地域経済の一部なのだ。
「全体の経済的地盤が安定し整っていないと自分自身の商売も成り立たないということを、皆、肌感覚で知っているので、同業者の間でも、必然的に協力し合うんです」