2011年3月の卒業と同時に、起業準備に入り、8月にはマヤビニックのコーヒーを販売するオンラインショップを開設。10月に、株式会社「豆乃木」を設立した。最初は、大学のある神奈川県藤沢市に拠点を置き、輸入自体は別の会社に任せ、自分は販売に専念する。
「私は、現地との連絡や交渉と、日本での販売を担当していました。マヤビニックの人と会ったのも、彼らが研修のために来日した時だけで、私はただコーヒーを売るために動いているだけの人、フェアトレードをサポートする人でした」
杉山さんがそう表現するのは、フェアトレードは、現地の人たちと直接関わりながら商品を輸入販売し、生産者と輸入販売者と消費者が、互いに顔の見える形で取引する仕組みだと考えているからだ。フェアトレードをしている、と堂々と言えるようになったのは、コーヒー豆を完全に自社で直接買い取るようになった、2016年頃からだと話す。豆乃木の拠点も、2017年11月に「フェアトレードタウン」にも認定された生まれ故郷の浜松市に移した。
「メキシコの生産地に通い、生産者と話をし、豆の選別現場にも立ち会うようになりました」
杉山さんがマヤビニックのコーヒーの販売を始めた頃、フェアトレードコーヒーは、品質が悪いというのが一般的な評価だった。国際協力や慈善の意味で購入する人はいても、おいしいから、と買う人はあまりいなかったわけだ。
「特にコーヒー屋さんは、そうでした。フェアトレードの話をすると、イコール品質隠しの言い訳、いいことしているから買ってくださいと言っているように思われていました。コーヒー屋さんが評価してくれるようにならないと広がらないので、品質向上が必須でした」
そのために、杉山さんは現場へ赴き、生産者に消費者の声を伝えて、品質を良くする努力を求める。例えば、豆の選別の際に良い豆を示して、それと同じ質のものを揃えるよう、要求。生産者と、フェアで対等な関係を築いていった。すると、変化はすぐに起きる。
「こちらの気持ちが伝わったようで、豆の質がどんどん良くなっていったんです」
現在、豆乃木では、メキシコから年間18トン前後の豆を輸入している。パンデミックが始まってからはネット販売が増加し、売上も伸びていると言う。
生産者の笑顔
「私たちの組合のコーヒーの60%は、日本と米国とスイスへの輸出、つまりフェアトレードで取引されています。おかげで、私たちの生活は安定しました」
マヤビニック生産者協同組合(組合員数594人)の代表、アントニオ・ペレス・パチタンさん(61)は、オンラインでのインタビューに笑顔でそう応じた。フェアトレードが協同組合の収入の基礎を支えるようになったことで、労働環境や暮らし、組合の経営状況が良くなったのだ。
フェアトレードには、途上国の生産者・労働者が持続可能な形で生活を向上させることができるように、「国際フェアトレードラベル機構」が定める国際基準がある。「生産者の対象地域」、「生産者基準」、「トレーダー(輸入・卸・製造組織)基準」、「産品基準」の4つで構成され、生産者とトレーダーは、これらの基準を守って生産、取引しなければならない。誰でもどんな品でも「フェアトレード」と言えるわけではないのだ。
4つの基準には、経済・社会・環境の3つの側面において守るべき共通原則がある。経済面では、最低価格の保証、「フェアトレード・プレミアム(奨励金)」の支払い、長期的な取引の促進、必要に応じた前払いの保証などが定められている。コーヒーのような価格変動の激しい作物に対して、最低価格を保証し、必要な時は前払いもするといった長期的視点に立つ取引をすることは、生産者の生活の安定と向上に直結する。
フェアトレード・プレミアムは、最低価格の保証にプラスして支払われるお金で、生産地のコミュニティ全体の生活向上に生かされている。
フェアトレードタウン
一般社団法人「日本フェアトレード・フォーラム」が、「フェアトレードを、市民、市民団体、事業者と行政が一体となり、都市ぐるみで推進している」と認定した自治体。2021年現在、日本に6都市ある。詳しくは → https://fairtrade-forum-japan.org