「社会的連帯経済」への誘い11 のきした時間銀行「ひらく」 共有から生まれる豊かさ
工藤律子(ジャーナリスト)
この連載をもとに再構成した書籍『働くことの小さな革命 ルポ 日本の「社会的連帯経済」』が、集英社新書より2025年2月に刊行されました!
「時間銀行」とは一般に、○○時間銀行と名付けたグループ内で、お金ではなく、時間を交換単位として、メンバーが互いに頼み事、頼まれ事をする仕組みだ(imidas参照記事リンク)。社会的連帯経済の中では、「補完通貨」の1つとされている。その活動の目的は、コミュニティの中に「持ちつ持たれつ」の関係を築き、人のつながりを通して暮らしを豊かにすることだ。スペインで行われている時間銀行の取り組みに刺激を受け、独自の時間銀行づくりを進める市民が、長野県上田市にいる。
のきした時間銀行「ひらく」の活動拠点である「犀(さい)の角」。この日は「ひらく」のオープンデーで、外にはそれを知らせる黒板を見る人の姿があった。撮影:篠田有史
ひらかれた場
金曜日のお昼過ぎ、のきした時間銀行「ひらく」に取り組む野川未央さん(40)と共に、上田駅北側の商店街を歩いていくと、文化施設「犀の角」にたどり着いた。中に入ると、演劇に使う舞台と客席となる板張りフロアのゆったりとした空間が広がる。演劇やライブなどのイベントの時以外は、カフェになっている場所だ。奥のカウンターの少し手前に、小さな黒板が置かれ、そこに「人と人とのつながりをつくる のきした時間銀行『ひらく』」の文字が躍る。黒板の左半分には、「誰かと時間を共有してやりたいこと・やってほしいこと」が、右半分には「自分ができること・好きなこと」が書かれた付箋紙が貼られている。編み物や英会話、台湾語など、そこに集う人々の特技や興味のあること、やってみたいことが並ぶ。
そこへ2人、3人と、人が現れ始めた。
「みおちゃん、編み物はどこでやる?」
野川さんが声をかけると、大学生の若林実桜さん(21)が、「じゃあここで」と、小さなテーブルとソファが置かれたところに、何人かでさらに椅子を並べていく。時間銀行の会場に集まってきたのは、大学生や学校へ行っていない少年たち、親子、主婦など。それぞれがやれること、やりたいことを見つけて、おもむろに動き出す。
編み物を教える若林さんのまわりには、習いたい人が寄ってきて、アクリルたわし作りに挑戦する。女性たちに交じって18歳の青年も、用意された糸と編み針を手に見よう見まねで編み始める。「ここで、くるんと針を回して」と、若林さんが手元を見せると、皆が覗き込む。
舞台の左端のテーブルでは、夫が台湾出身だという女性が子どもをあやしながら、台湾語を教える準備をする。その右手の大きなテーブルは、時間銀行の通帳を作る作業場だ。「時間銀行のメンバー登録を少しずつ始めて、メンバーにはオリジナルの通帳を渡し、誰と何をやったか書き込んでいってもらおうと思うんです」と、野川さん。通帳作りを担当するのは、障がいのある人たちが創作活動をするNPO法人「リベルテ」の利用者だ。事前に準備したいろいろな形と色の紙を、カラフルな台紙に糊で貼り付け、通帳をデザインしていく。自分も作ってみたい人は、「リベルテ」のメンバーに交じって、オリジナル通帳作りに興じる。
しばらくすると、「犀の角」の斜め前にある「デイサービスSora」から、高齢の男女が数人、職員とやってきた。編み物に奮闘する若者たちのそばに座って眺めている人もいれば、仲間に入ってミサンガを編む92歳の女性もいる。8歳の少年が、その隣で紐を編む。「ここはどうするの?」と尋ねる女性に、「あっ、そこはこう」と手際よく少年が指導。誰かが女性に「おばあちゃん」と呼びかけると、「みちこさんだよっ」と教える。同じ編み物テーブルの反対側では、79歳の男性が若者に交じって雑談を楽しんでいる。
通帳作りはどんどん人が増え、皆夢中になって作業をしている。やがて、時間銀行に集う人の数は、50人近くにまで膨れ上がった。
「なんか、すごいことになってます!」
と、笑顔の野川さん。
「本当にひらかれた場になっているから、いろんな人が時間を共有し、自由に動けるんですね」

時間銀行で、若林さんに編み物を習う人たち。老若男女、誰もが夢中になった。撮影:篠田有史
スペインの「時間銀行」にひかれて
野川さんが、上田市で仲間と時間銀行をやりたいと考えたのは、私の本『ルポ つながりの経済を創る』(岩波書店)で知ったスペインの時間銀行の活動に深く共感したからだという。
「時間銀行が、難民や移民を含め、そこに暮らす誰もがコミュニティの一員として迎え入れられるための扉となっていることに、心ひかれました。支援する側とされる側といった区別なく、皆が対等な形で隣人関係を築くきっかけとして上田でも時間銀行を使えたらいいな、と」
スペインは、世界各地からの移民・難民が暮らす地域が多い。そこで運営されている時間銀行は、年齢や性別だけでなく、言語や文化、肌の色も多様な人々が参加する、インクルーシブな場だ。個人的な助け合いはもちろん、大勢が1つの活動を通して時間と空間を共有する機会も生み出している。例えば、シリアからの難民が、時間銀行が開くスペイン語教室で言葉を身につけ、そこで出会ったスペイン人の隣人のために、シリアの郷土料理を教える。そうして地域の人が互いに知り合い、共に過ごせば、誰もが何らかの形で誰かの役に立つ。その実感こそが、豊かな暮らしにつながる。
私はスペインで「時間銀行と移民・難民」というセミナーを取材した際、あるシリア人男性がこう話すのを聞いた。
「難民キャンプでは、支援されるだけの毎日。多くの若者が自殺しました。母国では自分の役割を持って生きていた彼らは、命懸けで国を出てたどり着いたキャンプで、“何もできない”ことに絶望し、自ら命を絶ったのです」
スペインへの移住が認められたその男性は、時間銀行で「私にもできることがある」と、生きる意味を再発見したという。
野川さんは、長年、東京に拠点を置くNPO法人「APLA」(Alternative People’s Linkage in Asia)で、日本を含むアジア各地において、持続可能な農業を軸にした地域の自立を目指す人々との協働や、国境を超えた学び合いのための交流などを続けてきた。「APLA」は、「人と人とがつながれば、世界は変わる」を掲げている。その活動を通じて野川さんが感じたのは、対等な立場でつながることの大切さ。そして、日本のように排他的で、異なる社会・文化的背景を持つ人を容易に受け入れない社会は、結果的に「貧しくなる」ということだ。
「それを変えるためにも、時間銀行をやりたいと思いました」
そう言う野川さんが今暮らす上田市にも、製造業に従事する日系人労働者や技能実習生、留学生など、外国にルーツを持つ住民が約3700人いる。東京に住んでいた野川さんは、パンデミックでテレワークが定着してきた2021年5月、両親の住む上田市に生活の拠点を移すことを決意。どんな人もつながれる、ひらかれたまちづくりに、仲間たちと取り組みたいと考える。
上田で時間銀行を始めた野川未央さん。国際協力の活動家として、つながりの大切さを実感してきた。撮影:篠田有史
上田市の時間銀行を支える取り組み「のきした」
上田には、「犀の角」や「リベルテ」、「デイサービスSora」のような芸術文化・社会福祉事業などに関わる、野川さんと同世代のユニークな仲間がいる。彼らは、2020年春、「のきした」と名付けた取り組みを始めた。“のきした”とは、雨風をしのぐためにすっと駆け込む、あの軒下のこと。そんなふうに誰でも立ち寄れる、心落ち着く場やつながりをまちじゅうに創る・見出す活動だ。「のきした」の中心メンバーの一人で「犀の角」を運営する荒井洋文さん(50)は、その始まりをこう振り返る。
「コロナでここ(「犀の角」)に人がいなくなり、お金はない、でも空間だけは、ある。そう思っていたら、1週間ほどしたところで、仲間が集まり始めたんです」
「犀の角」を運営する荒井洋文さん・舞さん夫妻。パンデミック下では、宿泊サービス「やどかりハウス」や時間銀行に加え、月1回、子ども・若者が集まって遊ぶ「うえだイロイロ倶楽部」も始めた。撮影:篠田有史
