そう話すNPO法人「場作りネット」の元島生さん(39)らは、2日目から、訪れる人一人ひとりとできるだけ話をするようにし、最終日には、ふるまう・ふるまわれるの区別なく、皆で豚汁を作って味わった。今は、みんなで作って食べる「おふるまい」を、2カ月に1度のペースで実施している。
そんな「のきした」の仲間たちと、野川さんは、2021年12月、時間銀行「ひらく」を始動した。
ひらかれたつながりが育む豊かさ
日曜日。「犀の角」では、午後1時から5時まで、のきした時間銀行「ひらく」を紹介するイベント「オープンデー」が開催された。「ひらく」は今、週1日、午後の時間帯に開かれ、SNSで事前に伝えられる「その日できること」に関心のある人たちが集まっている。今後は、徐々に「メンバー登録」を進め、参加する人のニーズや希望を把握して、より多くの出会いが生まれるような仕組みを築いていきたいと、野川さんたちは考えている。
そのために、この日は入り口近くに長机と椅子を並べて、メンバー登録受付コーナーが作られた。野川さんが、時間銀行の仕組みを描いた図を示しながら、「お金ではなく時間を使って、メンバーがお互いに何か頼んだり頼まれたり、持ちつ持たれつの関係を築いていくんです」と、説明する。登録に訪れた人が仕組みを理解できたところで、「じゃあ、自分が好きなことや得意なこと、誰かと一緒にやりたい、やってみたい、といったことは、何かありますか?」と、尋ねる。
スペインの時間銀行では、たいてい、メンバーになる際に、自分が人にしてあげられる具体的な事柄を登録する。一方、「ひらく」では、いわゆる「人の役に立つ」ことではなくても、一緒にそれをやるだけでつながりが深まり、幸せな気分になれるようなことを含め、メンバーが時間を使って豊かさを得る手がかりを、登録する。遠慮や自信のなさから、「人にしてあげられること」が何もないと思う人でも、気軽に登録できる。
メンバー登録コーナーでは、「僕は、イタリア料理が好き。パスタやピザなら作れるよ」と、13歳の少年。「私は食べることが好きなので、作って一緒に食べたい!」と、40代の女性が意気込む。「人の話を聞くのは、わりと得意かも」と話すのは、ソーシャルワーカーの女性だ。「習字がやりたい!」と言う人もいる。
近隣の市町村からも「ひらく」に興味を持った人が数人、訪れていた。「個別の助け合いではなく、まずは集まって時間を共有することに重きを置き、信頼関係を築いていくというのは、シャイな日本人にも合っていて、とてもいい方法ですね」と、訪問者は皆、「ひらく」に大きなヒントを得たようだった。
世界の一般的な時間銀行では、基本的に何かをしてもらった人が、してくれた人にかかっただけの時間を支払い、そのプラス・マイナスを通帳に記録していく。だが、「ひらく」では少し違う。
「やった方もやってもらった方も皆、何時間共有したかをプラスで考える形にしようと思っています。いろんな出会いが起きる場を創ることが、何より大事なんで」
と、野川さん。それは、「のきした」に関わる仲間の共通意識だ。
「デイサービスSora」の八反田貴史さん(33)は、「『ひらく』は、誰がいてもいいという雰囲気や、誰もがそこにいるだけで価値があると思えるところがいい」と語り、学校へ行っていない子ども・若者が集まる「子どもシネマクラブ」の直井恵さん(43)も、「子どもたちの居場所がもう1つ増えました」と微笑む。「リベルテ」の武捨(むしゃ)和貴さん(39)は、「障がいのある人は、特別支援学校に入ると自動的に社会的関係性が少なくなるので、出ていける場があるのはうれしい」と言い、「犀の角」の荒井さんは、「『ひらく』の取り組みは、今の資本主義社会の中に新しい仕組みを創る演劇を観ているよう」と評する。
名前や連絡先と共に登録を済ませた人たちは、オリジナル通帳を受け取った。この日、30人がメンバー登録を完了した。取材の数日後、野川さんから、こんなメッセージが届いた。
「先日の『ひらく』では、『やどかりハウス』の利用者も、通帳作りに参加してたんですよ。漬物作りが得意な『Sora』利用者のおばあちゃんに、作り方を教わる計画も出ています」
「のきした」の仲間たちは、今、時間銀行「ひらく」を通して、まちの“のきした”がさらに豊かになっていく予感を抱いている。