「時間銀行」とは一般に、○○時間銀行と名付けたグループ内で、お金ではなく、時間を交換単位として、メンバーが互いに頼み事、頼まれ事をする仕組みだ(imidas参照記事リンク)。社会的連帯経済の中では、「補完通貨」の1つとされている。その活動の目的は、コミュニティの中に「持ちつ持たれつ」の関係を築き、人のつながりを通して暮らしを豊かにすることだ。スペインで行われている時間銀行の取り組みに刺激を受け、独自の時間銀行づくりを進める市民が、長野県上田市にいる。
ひらかれた場
金曜日のお昼過ぎ、のきした時間銀行「ひらく」に取り組む野川未央さん(40)と共に、上田駅北側の商店街を歩いていくと、文化施設「犀の角」にたどり着いた。中に入ると、演劇に使う舞台と客席となる板張りフロアのゆったりとした空間が広がる。演劇やライブなどのイベントの時以外は、カフェになっている場所だ。奥のカウンターの少し手前に、小さな黒板が置かれ、そこに「人と人とのつながりをつくる のきした時間銀行『ひらく』」の文字が躍る。黒板の左半分には、「誰かと時間を共有してやりたいこと・やってほしいこと」が、右半分には「自分ができること・好きなこと」が書かれた付箋紙が貼られている。編み物や英会話、台湾語など、そこに集う人々の特技や興味のあること、やってみたいことが並ぶ。
そこへ2人、3人と、人が現れ始めた。
「みおちゃん、編み物はどこでやる?」
野川さんが声をかけると、大学生の若林実桜さん(21)が、「じゃあここで」と、小さなテーブルとソファが置かれたところに、何人かでさらに椅子を並べていく。時間銀行の会場に集まってきたのは、大学生や学校へ行っていない少年たち、親子、主婦など。それぞれがやれること、やりたいことを見つけて、おもむろに動き出す。
編み物を教える若林さんのまわりには、習いたい人が寄ってきて、アクリルたわし作りに挑戦する。女性たちに交じって18歳の青年も、用意された糸と編み針を手に見よう見まねで編み始める。「ここで、くるんと針を回して」と、若林さんが手元を見せると、皆が覗き込む。
舞台の左端のテーブルでは、夫が台湾出身だという女性が子どもをあやしながら、台湾語を教える準備をする。その右手の大きなテーブルは、時間銀行の通帳を作る作業場だ。「時間銀行のメンバー登録を少しずつ始めて、メンバーにはオリジナルの通帳を渡し、誰と何をやったか書き込んでいってもらおうと思うんです」と、野川さん。通帳作りを担当するのは、障がいのある人たちが創作活動をするNPO法人「リベルテ」の利用者だ。事前に準備したいろいろな形と色の紙を、カラフルな台紙に糊で貼り付け、通帳をデザインしていく。自分も作ってみたい人は、「リベルテ」のメンバーに交じって、オリジナル通帳作りに興じる。
しばらくすると、「犀の角」の斜め前にある「デイサービスSora」から、高齢の男女が数人、職員とやってきた。編み物に奮闘する若者たちのそばに座って眺めている人もいれば、仲間に入ってミサンガを編む92歳の女性もいる。8歳の少年が、その隣で紐を編む。「ここはどうするの?」と尋ねる女性に、「あっ、そこはこう」と手際よく少年が指導。誰かが女性に「おばあちゃん」と呼びかけると、「みちこさんだよっ」と教える。同じ編み物テーブルの反対側では、79歳の男性が若者に交じって雑談を楽しんでいる。
通帳作りはどんどん人が増え、皆夢中になって作業をしている。やがて、時間銀行に集う人の数は、50人近くにまで膨れ上がった。
「なんか、すごいことになってます!」
と、笑顔の野川さん。
「本当にひらかれた場になっているから、いろんな人が時間を共有し、自由に動けるんですね」
スペインの「時間銀行」にひかれて
野川さんが、上田市で仲間と時間銀行をやりたいと考えたのは、私の本『ルポ つながりの経済を創る』(岩波書店)で知ったスペインの時間銀行の活動に深く共感したからだという。
「時間銀行が、難民や移民を含め、そこに暮らす誰もがコミュニティの一員として迎え入れられるための扉となっていることに、心ひかれました。支援する側とされる側といった区別なく、皆が対等な形で隣人関係を築くきっかけとして上田でも時間銀行を使えたらいいな、と」