モノマネが好きなので楽しみだ。
この日は準決勝が3レースあり、その上位3人がそれぞれ翌日の決勝へ進める。決勝はその9人で争われる。年末に最も大きなKEIRINグランプリというレースがあり、そこへ出られるかどうかの最後の大一番が競輪祭なので、ボーダーライン上にいる選手は気合が入る。すでに確定している選手は優勝する必要はないが、賞金が約5千万なので、優勝しなくてもいい、という選手はまずいない。準決でもいい動きを見せた深谷が明日の決勝でも仕事をするだろう、とレースが終わって考えた。夏頃は今ひとつだったが、秋頃からグンと良くなり、競輪祭で完全に波に乗っている感じがした。
競輪場を出ると冷たい風が吹いていた。セーターを着て、レッグウォーマーを履いて自転車にまたがった。今日は早めに寝よう。宿へ戻る前に近所で1杯だけと思い酒場へ入った。
店に入ると大将が「もうあと30分くらいでラストオーダーですが」と言った。それでも大丈夫ですと伝え入れさせてもらった。先客で女性が1人いた。カウンターで大将と話していた。競輪の話をしていた。話に混ざりたいなと思いつつ、なかなか入れない。深谷の話になった。ここだ、と思い、「今日深谷すごかったですね」と大きめの声で入った。こういう時の声の大きさ、トーン、は重要で、目的の女性にドンと当たると驚かせてしまうので、ふわぁと大将と女性の中間地点を狙い、投げた。距離があったので、あまり声が小さいとただの独り言になってしまう。ふわっと程よい速度でこちらを向いてくれたので、成功した。「そうねえ、あまりちゃんと見てないけど、明日は決勝に乗るんでしょ」「そうですね」。一安心だ。それから会話が始まり、その女性は昔小倉競輪場の医務室で働いていたんだよと大将が教えてくれた。深谷くんはほんとに礼儀正しくて良い子だった、と女性が教えてくれた。それからずっと応援してるの、と。やはり明日の決勝は深谷だ。しかし年末のグランプリが決まっている深谷は後輩を勝たせるためにラインの先頭で風を切るだろう。深谷の後ろを走るのは松井だ。松井は初のグランプリ出場がかかっている。深谷がガンガン飛ばして逃げて、チャンスは松井。女性と大将にお礼を言い、店を出た。
翌日、快晴。チェックアウトを済ませ、別の宿へ。荷物を置かせてもらい、旦過(たんが)市場周辺を歩く。
喫茶店がなかなかなく、ようやく見つけた天守閣という店は、やっていなかった。
それからランチ寿司を食べて、ゆっくり競輪場へ向かった。
風景がピタッと貼り付いていた。
