踊り子さんたちは、ステージの盆のところに集まっていた。軽く自己紹介し、さっそくリハーサル。といってもこういう曲ですというのを一人一人説明していくだけ。どう踊ってもらうかは自由だ。
ストリップ劇場「ニュー道後ミュージック」が独自に生み出した「怪談ストリップ」の特別興行。前日ライブをやらせてもらった広島ヲルガン座の店主、ゴトウイズミさんが企画したイベントで、毎年「怪談ストリップ」の中の1日を借りて、シンガーと踊り子のコラボを企画しているという。正確には1日の中のワンステージ。その2024年のイベントに呼んでもらった。
ストリップの踊り子さんが、自分の曲で踊ってくれる。しかも生演奏。目の前で抑揚をつければ、踊り子さんも舞う。そんな貴重な興行。さらにゴトウさんの計らいで、踊り子さん1人につき2曲、前野の曲を選んでもらっていた。皆さんドンピシャな曲ばかりをリクエストしてくれて驚いた。1曲目は少しテンポのある曲。2曲目で盆のところに行き、盆がゆっくり回り、服を脱いでいくので、少しムードのある曲。その順番だけ打ち合わせをした。皆さん全国の劇場を渡り歩くつわものなので、堂々としておられる。心強い。
リハが終わり外へ出ると猛暑日。8月17日。旅行者たちもぐったりしていた。着替え用に取ってもらっていた宿の一室へ移動し、休憩する。水を大量に飲む。クーラーをつける。シャワーを浴びる。少し横になる。そして歌詞カードをファイルに入れて、曲順を確認し、外へ出る。
外へ出ると道後の街は夕陽に染まっていた。自分の取っていた宿へチェックインするために歩く。宿の壁にも夕陽が当たっていた。ああ、こういう時間が人生だよなあ、としみじみ思う。さあ本番だ。
劇場の裏口から入り楽屋へ。踊り子さんたちが衣装に着替えたり準備をしている。場内アナウンスが流れる。投光さん(音響と照明を1人で担当する)が、紹介をしてくれる。出ていく。まずは軽く歌う。実はこの劇場で作った歌がある。「恐縮でございます」。前作『ワイチャイ』というアルバムに入っている曲だ。6年前くらいに初めてニュー道後へ訪れた際、場内アナウンスがあまりにも良かったので、その言葉を丸々いただいた。「本日も大変すけべそうな顔してらっしゃいます、恐縮でございます」。記憶していたのは男性の声だったが、実際テープで流れたのは、女性の声だった。そのいきさつをMCで話し、歌った。そして踊り子さんの登場だ。
照明がグンと暗くなり、手元がまったく見えなくなる。しくじった。久しぶりの曲も多かった。踊り子さんに迷惑をかけたが、段々と調子を取り戻す。目も慣れてきた。普段は目をつむりながら歌うことが多いが、この時ばかりは目を開けた。踊り子さんの「体」に反応したかったからだ。音楽のセッションというのは演奏が下手なので得意ではないが、自分の歌と、相手の踊り、ならやれる。ギターと歌で抑揚をつける、踊り子さんが反応する、それを見てさらにこちらも熱を帯びてゆく。幸せなことだ、と歌いながら思った。儀式、祈り、のようでもあった。踊り子さんは歌詞の世界を演じてくれていた。ねぇタクシー、この街で一番綺麗なところへ連れてって。そんな歌詞を全身で、指先、つま先にまで浸してくれて。
その昔、ストリップ劇場を巡っていた時期があった。横浜にあった黄金劇場という場所でとある踊り子さんのステージに打たれ、そこから少し、ハマった。何が良かったか。ストリップ劇場で聴く歌が格別だったのだ。知らない歌、知っている歌、色々だったが、踊り子さんのバックに流れる歌は、歌詞がよく響いた。夢、女、花、男……どれもありきたりの言葉だけど、ピンク色の照明に照らされるその肌、指先、中空を見つめる瞳と共に聴くと、その歌詞の中の言葉は咲き乱れた。いや、言葉も裸になるようだった。言葉も孤独なのかもしれない。いつか踊り子さんが使いたくなるような歌を作りたい。ストリップに通ううちに、そんな気持ちを抱くようになっていた。
それから時は経ち、今目の前では踊り子さんが自分の歌で踊ってくれている。いや、正確にはこれは企画もので、ゴトウさん、ニュー道後のコラボ興行。だから踊り子さんが自主的に、演目の音楽として自分の曲を使ってくれているわけではないのだが……。でも力が入る。思い出す。そういう気持ちを抱いていた、ということを。