近年、私は「労働者福祉中央協議会」(中央労福協)と協働し、様々な社会問題の解決に取り組んでいます。中央労福協は「福祉はひとつ」を原点に、勤労者の福祉活動の充実を目指して提言や運動を進めている全国団体です。
2022年4月、中央労福協から「教育費負担軽減へ向けての研究会」の主査となるよう依頼されました。この依頼を引き受けた私は、「高等教育費負担軽減へ向けての研究チーム」と「学びと住まいのセーフティネット研究チーム」という2つの研究会を結成し、それぞれのチームで会合を重ねて提言をまとめる作業を行ってきました。そうして私たちは24年10月、「『若者の「離家」』・『若者の自立』・『学び』・『子育て』を支援するための住宅費負担軽減に関する提言 『ハウジングファースト』(住まいは人権)と『居住福祉』の実現を目指して」を取りまとめて発表しました。
ここで教育費の負担軽減にからんで「住まい」というワードが入り込んでくることに、疑問を感じる方もいるかも知れません。しかし現代における若者の困難を考える際に、「住宅費」は「教育費」と並んで重要なテーマなのです。そのことは本稿を最後まで読んでいただければ、理解されるだろうと思います。
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教育研究を専門とする私ですが、こと若者の住宅事情に関しては知見が不足しています。そこで研究チームには、住まいの貧困問題に詳しい稲葉剛氏(立教大学大学院客員教授、つくろい東京ファンド代表理事)、藤田孝典氏(聖学院大学客員准教授、NPO法人ほっとプラス理事)、小田川華子氏(東京都立大学非常勤講師、公益社団法人ユニバーサル志縁センター理事)らに委員として参加していただきました。委員の皆さんとの研究会での議論を通して、私は住宅問題について理解を深めることができました。
私たちは「住宅費負担軽減に関する提言」において7つの提言を掲げましたが、いずれも前提として社会的背景を論じているのが特徴です。その中でも若者との関わりでは「自立(離家)」「学び」「子育て」、そして「急激な少子化」の部分が重要です。
1990年代以降の日本型雇用の再編と住宅政策の市場化は、住宅費を高騰させて多くの若者たちにハウジングプア(住まいの貧困)、親元を離れての生活や学び、子育ての困難をもたらしました。日本型雇用の再編とは、具体的には非正規雇用の増加、終身雇用と年功序列型賃金の揺らぎなどを意味します。その影響を強く受けたのが若者でした。高い住宅費をまかなうことは、雇用の安定や年功序列型賃金によってこそ可能だったのですから、それが揺らげば困難となるのは火を見るよりも明らかです。
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90年代以降、若い世代を中心に「無配偶・親同居」の世帯内単身者が大幅に増加しました。結婚しないことを積極的に選ぶ人だけでなく、雇用・所得が不安定なために住宅の確保に必要なお金を得られず、「離家(=親元を離れること)」さえできない人々も目立ち始めます。
政府の「平成27年国勢調査結果」(総務省統計局)を分析した平山洋介氏(摂南大学特任教授)によれば、若年層(30~34歳)の無配偶・親同居率は95年の18.8%から2010年には 27.6%、15 年には 27.1%と増大し、その後も高い水準で推移すると見られます(平山洋介著『「仮住まい」と戦後日本』青土社、20年)。特に低所得の若年層の状況は深刻で、14年に認定NPO法人ビッグイシュー基金の住宅政策提案・検討委員会が行った、首都圏と関西圏の年収200万円未満の若年層(20~39歳)を対象とした調査では、親同居の割合は77.4%に達しています。
若者の貧困や雇用の不安定化と未婚化・少子化との関係は、近年、マスコミでも取り上げられることが増えてきました。しかし、住宅費の高さが若者の「離家」の困難を引き起こし、そのことが未婚化・少子化を促進しているという観点からの報道は、これまで十分には行われてはこなかったように思われます。
「結婚や出産、子育てを支援する」と公言する政府・自治体にしても、それ以前に多くの若者が「離家」困難である――という現実を捉え損なってきたのではないでしょうか? こうした深刻な状況があるにもかかわらず、政府の住宅政策は家族を重視する傾向が続いています。従って若い単身者は公営住宅の入居資格さえ与えられていない、という自治体が未だに多いのです。
また同様に少子化対策も、「現に子どもを育てている世帯」に対する支援に集中しています。実質的には「子育て支援策」であることが多く、若者の自立や結婚、出産を支えるための支援は極めて不十分です。
そこで私たちの「住宅費負担軽減に関する提言」では、若者を救う視点を重視しました。提言のうち、若者支援に関係しているところを要約して紹介します。
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【提言】社会住宅・非営利住宅など低家賃住宅ストックの拡充を進める
若者を救うために、ここで注目されるべきは「社会住宅(社会賃貸住宅)」や「非営利住宅」です。「社会住宅」という名称にはなじみのないない人も多いかも知れません。何らかの公的援助をともなうことで、民間賃貸住宅よりも低い家賃を実現した借家のことです。
日本ではこれまで社宅、公務員住宅など、会社、団体、官公庁などが所有または管理して、その職員を居住させる「給与住宅」が低家賃住宅として一定の役割を果たしてきました。しかし給与住宅の数は、1993年の約205万戸から2018年の約108万戸と大幅に減少しています。
日本の公営住宅や公団・公社賃貸住宅の着工数は、1972年の公営住宅 12万1160戸/公団・公社賃貸住宅8万6256戸をピークとして、80年代半ばにはそれぞれ約4万5000戸/約2万戸まで減少。一方でストックはその後微増したものの、2000年代半ば以降にはいずれの住宅でも減少しました。その結果、日本では社会住宅・非営利住宅(公営住宅を含む)の全住宅に占める割合はわずか5%となっています(総務省「平成30年住宅・土地統計調査」)。
これに対してヨーロッパの多数の国々では、社会住宅・非営利住宅などの低家賃住宅が一定以上の割合で存在しています。ヨーロッパの住宅状況に関するレポート「The State of Housing in Europe 2023(HOUSING EUROPE編)」によれば、全住宅に占める社会住宅・非営利住宅の割合はオランダが29%、デンマークが20%、フランスが17%、スウェーデンが16%となっています。こうした住宅ストックの分厚さが、ヨーロッパ諸国における若年層の自立や学び、子育てを支える役割を果たしているのではないでしょうか。
日本もヨーロッパ諸国に倣い、社会住宅・非営利住宅などの公的助成をともなう低家賃住宅ストックを拡充し、自立した大人として「人生のスタート」を切らせるためにも一人暮らしを希望する若者たちへ供給していくことが重要です。