こうした事情から全体として情報科の専任教員は少なく、地域・学校間で教育格差も生まれ、その状況は現在も続いています。この状況下で共通テストに「情報」教科を導入することは、居住地域や出身校による有利不利を生み出す危険性があります。公平性・公正性が強く求められる共通テストでは、この点はとりわけ大きな問題となるでしょう。
共通テストへの「情報」教科の導入を推進する人々の主張を聞くと、彼らの多くは情報科の専任教員の不足や教育環境の不備を心得ているようです。そうした事情を知ったうえで、共通テストに新教科として導入することで世の中に情報科の専任教員を増やさざるを得ない状況をつくり、情報科教育の充実をはかりたいと考えているのです。
しかし、これは本末転倒でしょう。現時点での共通テストへの導入は、先述したように受験生に不公平な試験を強いることになり得ます。共通テストに導入することで、結果として高校の情報教育が充実したとしても、そのために現在の受験生が犠牲となることは許されないと思います。ここには、「大学入試によって高校教育を変える」という近年の教育政策の弊害がよく表れています。全国すべての学校で、同レベルの教育が実施されていることが、共通テストに新教科を導入する前提条件であるべきです。
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また、これまでの「情報」教科の各科目の変化も、行政の狙いと学校現場のズレを示しています。
初めて高校の新教科として「情報」が登場した時、情報活用の実践力を養う「情報A」、情報の科学的理解を深める「情報B」、情報社会に参画する態度を養う「情報C」の3科目が選択必履修科目として設定されました。この中から 1 科目を選択するのですが、生徒の自由意思ではなく学校側が科目指定を行うことが一般的でした。結果は圧倒的に多くの高校が「情報A」を選択し、パソコンなど情報機器の操作が教えられることとなりました。それは情報科の専任教員や情報についての専門知識を持つ教員が不足する中で、「情報B」と「情報C」は教えにくく、「情報A」が最も教えやすい科目だったからです。
大多数の高校が「情報A」を選択して「情報B」と「情報C」が選ばれない状況、特にプログラミングなど情報の科学的理解を深める「情報B」が選ばれない状況を是正したい文部科学省は、13年からの現行学習指導要領で「情報A」に当たる科目を廃止し、プログラミングなど科学的理解を重視する「情報の科学」と、情報社会へ参画する力を養う「社会と情報」の2科目を選択必履修科目としました。しかし、ここでもプログラミングを教える必要がない「社会と情報」の選択が約8割を占め、「情報の科学」は約2割にとどまりました。
プログラミングを含む「情報の科学」を多くの高校が選ばなかったのも、それを教えられる教員が学校現場に少なかったからです。そして、そこには情報科の専任教育が現場で不足していることが影響しています。
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22年度から実施される高等学校学習指導要領では、プログラミングや情報セキュリティを学ぶ「情報Ⅰ」が必修化されます。いよいよ高校でもプログラミング教育が必修となりますが、学校現場にはそれを教えることのできる教員が決して多くありません。これはどんな事態をもたらすでしょうか?
「情報Ⅰ」が必修化され、さらに共通テストに導入されれば、高校としては何としてもそれを教える必要が出てきます。学校現場ではプログラミングを教えられる教員は不足していますから、多くの高校は学外の資源に頼ることになるでしょう。例えばサブテキストとして市販の共通教材を導入したり、プログラミングを得意とする外部講師を高校に招いたりすることも考えられます。それらはプログラミング教育を教材化して売り込む企業や派遣会社などに利益をもたらす一方で、共通教材による情報教育の画一化を進め、学校ごとの多様で工夫をこらした教育実践を衰退させることにつながります。
また生徒・保護者の側は、高校での情報教育に不十分さを感じれば「情報Ⅰ」やプログラミングを学ぶことのできる塾・予備校など教育産業に頼ることとなるでしょう。教育の市場化・商品化が促進され、それは出身階層による生徒の教育格差を拡大することになります。
このように共通テストへの新教科「情報」の導入は、受験生の負担増、教育環境の不備や地域・学校間の格差による不公平、情報教育の画一化、教育の市場化・商品化促進など、さまざまな弊害をもたらす危険性があります。高校での教育や生徒に甚大な悪影響を与える事態は、避けなければなりません。慎重な検討を行い、拙速な導入は避けるべきだと考えます。
*「高等学校情報科における教科担任の現状」中山泰一ほか(情報処理学会論文誌「教育とコンピュータ」Vol. 3、 No. 2)