文部科学委員会で吉田議員は、もう一つ注目すべき質問をしました。それは「ESAT-J」の実施が中学3年生の11月という卒業間近な時期であることを指摘した上で、「アチーブメントテストであるとすれば、その結果をその後にどう活かすかが課題となる。11月の試験の結果は、それをどうやって次の学びに活かすのか? それとも別の意味で使われるのか?」と質問しました。
この質問に対して伯井美徳(はくいよしのり)文科省初等中等教育局長は、「アチーブメントテストとして実施し、その結果を小学校・中学校・高等学校での英語指導の改善に活用する目的とうかがっております。都立高校を受験する人には一定程度加点されるが、そうでない生徒につきましても、中学校における達成度とその後の高等学校における英語指導の改善にも資するように、東京都教育委員会としては実施を予定しているのではないかと考えております」と答弁しました。都立高校を受験する以外の生徒の英語指導にも活かされるのだから、東京都の公立中学校の3年生全員が受験することに意義があるという趣旨の答弁だと考えられます。
しかし、この答弁には疑問があります。「ESAT-J」の結果は調査書(内申書)に記載されますが、この調査書は〈生徒の志願先の都立高等学校へ提出する〉となっていて、私立高校や国立高校にも提出するとは明記されていません(教育庁「東京都中学校英語スピーキングテスト事業について」)。都立以外の志望校へ提出する調査書にも「ESAT-J」の結果が記載されるか、結果を伝達するシステムが整備されない限り、全受験生にとって「その後の高等学校における英語指導の改善にも資する」とはなりません。
それは同時に、都立高校を志願しない生徒も含めて東京都の公立中学校の3年生全員に受験が義務づけられる「ESAT-J」の意義そのものに、疑問符がつくことになります。
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また、伯井局長の「都立高校を受験する人には一定程度加点される」という発言も、厳密には正確ではありません。調査書に「ESAT-J」の結果を記載して提出するのは、〈第一次募集・分割前期募集以降の選抜とする〉となっています(教育庁「東京都中学校英語スピーキングテスト事業について」)。ということは、第一次募集・分割前期募集よりも前に行われる推薦入試の調査書には記載されないことになります。
これは「ESAT-J」の結果が返却される時期と関わっています。結果は年明けの1月中旬に返却される予定ですが、都立高校の推薦入試の出願時期は例年1月中旬ですから、出願に間に合わないので調査書に記載されないのです。国立高校の一般入試や私立高校の推薦入試も多くは1月中旬が出願時期ですから、こちらも記載される可能性は低いでしょう。
実はこの「ESAT-J」の結果の返却時期は推薦入試だけでなく、その後の第一次募集・分割前期募集にも多大な影響を与え、受験生や保護者、教員に新たな負担をもたらす危険性があります。これは、中学校の進路指導のスケジュールと関わります。
受験生とその保護者は、12月上旬の三者面談で仮の内申点を見て、私立高校の推薦と都立高校の第一次募集・分割前期募集の志願先を選定します。そして1月上旬に成績表で調査書点(実際の内申点)が本人やその家族に知らされ、そこで志望校を最終的に決めるのが例年のスケジュールだと教育関係者からうかがいました。
しかし「ESAT-J」の結果が年明けの1月中旬に返却されるとなると、そこで調査書に最大20点の変化が生じることになります(若者のミカタ「都立高入試英語スピーキングテスト『20点』の謎」)。結果によっては、出願直前に一度決めた志望校を変更しなければならない場合も出てくるかも知れません。都立高校の第一次募集・分割前期募集の出願時期は例年1月末~2月初旬なので、ぎりぎりのスケジュールとなり受験生・保護者・教員それぞれに大きな不安や動揺、混乱をもたらす危険性があります。
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推薦入試を受験する場合は「ESAT-J」の結果が調査書に記載されない、というのも大きな問題です。22年度の都立高校推薦入試の募集定員は9175人でした。これは、都立高校の全日制全体の募集定員3万306人の約30.3%にも達します。この生徒たちについても伯井局長が言う「その後の高等学校における英語指導の改善にも資する」は該当しなくなります。私立・国立高校への進学者だけでなく、都立高校への進学者の中でもこれだけ多くの生徒がその結果を活かすことができないのは、「ESAT-J」を活用する都立高校入試制度の大きな欠陥ではないでしょうか。
この構造的問題を解決すること抜きに、都立高入試に英語スピーキングテストを導入してはならないと私は考えます。